それは、現代の多くの若者のもつ願望かもしれない。
実際、自分でなくても誰でもできることだけをやってると、「みんなと同じ」で安心できる一方、自分のポジションが他の誰かにカンタンに取り換えられる不安も同時に持つことになる。
その安心と不安は、どんな職種にも言えることだし、正社員かフリーランスかも問わない。
自分らしく働くことは、「みんなと同じ」幸せをキープしようと思えば、なかなか大変なことなのだ。
「自分らしく生きたい」と望むなら、常識的な生き方に収まることを恐れる感性が必要になるだろうし、既得権益的な文脈と対立するかのように受け取られるリスクもとらなきゃいけない場面が出てくる。
それでも、「自分らしく生きたい」と思うなら、他人がやっていたら「ああ、先を越されたな」と悔しがるような仕事を想像し、それを実現していくしかない。
そういう思いを、僕は25歳で独立し、出版業界でフリーの記者・編集者として働くようになってから、何度も抱くことになった。
1997年、『日本一醜い親への手紙』(メディアワークス ※現アスキー・メディアワークス)という本を企画・編集した。
これは、親から虐待された経験を持つ当事者を対象に体験手記を公募し、100名分を1冊に収録するというものだった。
児童虐待は、それまで精神科医やカウンセラーなどの「専門家」が一方的に語るものだった。
それは、虐待された当事者の声をそのまま聴くチャンスが乏しいという課題でもあった。
この課題を解決するのに、本を出版して全国に当事者の声を届けることで、児童虐待の実態を誰もが容易に知るチャンスを提供したいと思った。
誰もまだそれをやってないなら、自分がやろうと思ったのだ。
多くの人が知るチャンスを得れば、それによって児童相談所へ虐待相談をする件数も増え、虐待される子どもが早めに救われるチャンスも増えるはずだ、と考えた。
●前例のない仕事には、前例のない工夫が必要
そこで、最初に宝島社に企画を持ち込んだ。
だが、「シロウトが書いた文章なんて売れないし、児童虐待に関心を持つ人がどれだけいるか」と言われ、却下された。
次に、メディアワークスに新設されたオルタブックスという部署に企画を持ち込んだ。
オルタブックスは、宝島社から抜け出した人たちが作った部署だったが、企画を話すと5分で「出しましょう」と即答だった。
そこで、『公募ガイド』への公募情報の告知掲載をお願いしたり、告知ポスターを都内随所に設置したり、大手の新聞社に事前告知のために取材してもらえるよう働きかけた。
すると、2カ月で300通以上の体験手記を集めることができた。
その全部に目を通し、複数の編集者の協力を仰ぎながら100人分の原稿に絞り込み、来る日も来る日もなんとか1冊に収まるように原稿を圧縮する作業を重ねた。
驚いたのは、営業部が「初版10万部」を通告してきたことだ。
『日本一短い母への手紙』という親に感謝する手紙集が200万部突破の大ベストセラーになっていたから、その5%相当の10万部なら売り切れるというプレゼンを、僕自身がしてしまったのだから、仕方ない。
1万部売れてもベストセラーなのに、10万部という大台の数字を課せられてしまった。
9万部返品なら、僕の編集者人生はこの1冊で終わる。
通常、初版の1%程度は「マスコミ献呈用」として認められるので、営業部に「1000部を献呈用にください」と言ったら、「そんな多い部数は前例がない」とつっぱねられた。
「売り切れば文句も出ないだろう」とふんだ僕は、全国の新聞社・雑誌社・テレビの報道部・ラジオ番組などの住所を調べ上げ、自分で1000か所分の「マスコミ献呈用リスト」を作り、毎日100部を10日間にわたって送りつけ、あとから電話で相手の媒体での紹介をお願いした。
こうして短期間にマスメディアからの取材をたくさん集めたので、紀伊國屋書店の週間売上ランキングに登場し、新聞やテレビなどの取材も集まり、10万部をきっちり売り切った。
それ以来、営業部から強いクレームを聞くことはなくなった。
後年、僕はアスキー新書から『社会起業家に学べ!』という新刊を出すのだが、担当編集者から「1000冊の無断献本」は社内でも語り草になっていて、警戒されていると教えられた。
営業部がとんでもない初版部数を設定しない限り、僕だって無茶はしない。
ちなみに、続編『もう家には帰らない』も翌年に出版され、3部作の最後として『子どもを愛せない親からの手紙』まで出版でき、いずれも角川文庫に収録されて増刷し、その後もノンカフェブックスから復刻版が出版された。
シリーズ総計では、30万部を超える販売実績になっている。
「親のことを悪く言うなんて」という勘違いを、平気で書評に書いた知識人もいた。
その本で現実の深刻さを知っても、虐待された当事者の声を認めたくない人はどこにでもいる。
しかし、僕は苦しんできた当事者の「声なき声」を誰もが知るチャンスを作りたいのだ。
そういう仕事をきっちり成立させた前例を作っておけば、あとから若い人が続くはずだから。
「こういうことって、できることなんだ」
そう思える人を増やすには、誰かが時には「嫌われ者」にならないといけないのだから。
●非営利イベントも失敗から学べば前例のない運営ができる
通常の仕事以外にも、前例のない自分らしいプロジェクトを何度も試みてきた。
そのうちの一つとして、「社会起業支援サミット」というイベントの運営がある。
これは、社会的課題を解決できる仕組みを事業化した社会起業家10団体の話を市民300人で聞くというもの。
2007年に東京大学の駒場キャンパスで1年間、ソーシャルビジネスの自主ゼミの講師を務めた僕は、そのゼミを東大生でなくても誰でも無料で受講できるようにした。
すると、mixiだけで告知しても、小さな教室に数十人が毎度集まるようになっていた。
そこで、2008年には、早稲田大学の大隈講堂の地下スペース(300席)で「社会起業支援サミット」というイベントをやろうと、大学生たちに呼びかけた。
多くの人が良く知らない「社会起業」(ソーシャルビジネス)を知ってほしくて開催するものだから、あらかじめ関心のある人を集めるのは難しい。
でも、他の人が「難しい」で思考停止してしまうなら、僕が従来のイベント運営における課題を解決すれば、無理なく大人数の動員を見込める仕組みを作れるはずだ、と考えた。
当時から、NPOがイベントをやる時は小さな公民館で小規模にやったり、助成金をもらわないとやらないというシーンが目立っていたし、経産省は莫大な税金を使って全国各地でソーシャルビジネスの普及・啓発に努めていた。
市民が300人くらい集まるイベントは、コスト0円でできる仕組みさえ作れば可能だと考えた僕は、学生自身が面白がってこのイベントの運営ボランティアに取り組めるよう、学生たちと打ち合わせを重ねていくうちに、いろいろわかってきた。
大学内の施設を管理する担当教官に直接交渉すれば、その大学の学生が主体となって運営し、「大学主催」の看板だけ守れば、会場を0円で借りられること。
イベント告知は、ネットでの情報拡散と、新聞・雑誌などのメディアに事前告知を書いてもらえば済む。
あとは、3,4人のコアな運営スタッフが各自、当日だけ動く学生を数人調達すればいい。
しかし、入場無料では、出演していただける社会起業家の方々にギャラが支払えない。
そこで、「お金にとって代わる価値」として、以下の4つを出演者に提供することにした。
①会場にマスコミ関係者を招き、後日、社会起業団体へ取材するチャンスを作ること
②観客300人のメールアドレスを社会起業団体へ提供し、新規顧客を増やすこと
③イベント終了後、話をもっと聞きたい観客は共感した団体とお茶できるようナビすること
④社会起業家がイベントで10分間話した内容をYoutbeにアップし、広報支援すること
こうすることで、社会起業家の方々には、10分間のプレゼン資料を作る手間や時間を割いても、気持ち良く出演していただけることになり、彼ら自身もネット上の広報に協力的だった。
(2008年に早稲田大学で行った「社会起業支援サミット」での出演者の面々)
僕はこの「社会起業支援サミット」の運営マニュアルをネット上に公開し、関心を持った地方の大学生に開催を勧め、メールとスカイプで運営の不安を逐次取り除いていった。
そのため、2010年までに日本の半分以上のエリアである27都道府県の大学で地元の学生たちによって開催され、経産省が広告代理店に丸投げしたソーシャルビジネスの普及・啓発のイベントよりも総動員数が数倍以上も多くなったばかりか、お金を使わない分だけ経産省よりはるかに費用対効果の良い普及・啓発になった。
(※2010年にはスカイプで韓国の社会起業家と日本の会場をつないで質疑応答もできたし、アイルランドから有名ゲストを0円で招いて講演してもらうことも実現できた)
前例がないことは、それができない理由・事情を課題としてとらえ、同じ課題に関心を持つ人と話し合いを重ね、みんなで知恵を絞って課題を解決すれば、「できる仕組み」を新たに作り出せる。
そうした発想が、他の人に取り換えられない「自分らしい生き方」の実現には必要だろう。
もちろん、そうした試みには、失敗もつきまとう。
僕もさんざん失敗を重ねてきた。
しかし、そのつど課題を解決する知恵をひねり出す必要に迫られるのは、スリリングで面白い。
だから、あえて言いたい。
課題を解決することを面白がろう、と。
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