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■お金以外の対価で人を動かす ~田舎で起業

 福知山中丹スモールビジネス起業塾で講義をした際、面白い質問を受けた。

 夫婦で飲みに行きたくても、帰りの車の運転を考えると、たいてい妻は飲めない。
 かといって、電車やバスは終わってるし、運転代行を頼むと高くつく。
 そうなると、飲みに行くチャンスは減ってしまう。
 どうすればいいか?

 こういう日常の困りごとにすぐ思い当たるのが、女性向けの起業塾の良いところだ。
 暮らしの中には、不当にガマンしてることがいっぱいある。
 でも、「しょうがない」と思って耐えるだけの人は少なくない。
 そこで、「この悩みは自分だけでなく、他の人もそうなんじゃないか?」と認知できれば、その困りごとが社会的課題だとピンとくるのだ。

 自分も困ってて、他のみんなも困ってる。
 それが、社会的課題だ。
 みんなが困っているなら、困っている人たちが集まれば、解決できる新しい仕組みを作れるかもしれない。
 それがソーシャルデザインの基本的発想。
 そして、その解決活動にかかるコストを上手にまかなえる仕組みができれば、その解決モデルは他の地域にも普及させることができるようになるから、同じ悩みで苦しむ人がいなくなる社会に変えられる。

 その仕組み作りにおいて重要になるのが、以下の3点だ。

① 自分と同じような悩みを持っている人を仲間にする
② コストを賄う上で、「お金ではない価値」を提供されたい人を想像する
③ 地域にあるインフラや人材、メディアなどを総動員して活用する

 前述の悩みのように「誰かが車で迎えに来てくれたらなぁ…」と望んでいる人は、他にもいろいろいる。
 たとえば、「子どもが熱を出したので迎えに行きたいが、仕事中だ」という親御さん。
 たとえば、「介護施設に高齢の親を通わせたいが、随伴できる人がいない」という家族。
 たとえば、「ペットがいるので旅行ができず、地域にペットシッターもいない」という人。

 他にもいろいろな事情で「誰かが車で迎えに来てくれたらなぁ…」と望んでいる人はいるので、箇条書きに挙げていくと、地域のニーズがもっと浮かび上がるだろう。
 そうした「同じ悩み」の人が多ければ多いほど、容易に解決できる仕組みがあれば、喜んで利用してもらえることになる。

 一方、車で移動するのが当たり前の田舎には、時間に余裕のある人も少なくない。
 大学生や専門学校生、フリーターやニート、専業主婦などには、頼まれれば、無理のない範囲で自分が役立つチャンスを求めている人も少なくない。
 彼らに共通しているのは、社会参加と就職先を実現できる出会いや情報を求めている点だ。

 現金なら、アルバイトでも調達できるかもしれない。
 しかし、自分が誰かの役に立って、自分のしたい仕事のできる職場の情報や、その情報にありつく出会いは、ふつうに暮らしているだけでは、なかなか無い。
 それでも、小さい町なら、「車で迎えに来てほしい人」と「求職者」を結びつけるマネジメントは、さほど難しいことではないはずだ。

 そこで、京都駅から特急で1時間15分もかかる福知山を例に、そのマネジメントを具体的にシミュレーションしてみよう。


●ビジネスサークルから若い起業家をどんどん生み育てよう


 福知山市には、福知山公立大学がある(※2016年4月から。以前は成美大学
 偏差値は35で、立派な底辺大学である。

 ソーシャルデザインを取材している僕は、大学の入試課担当者向けの講演会に招かれることもあるが、そこで主張しているのは底辺大学の価値だ。

 偏差値30レベルの底辺大学には、東大や早・慶・上智などのような学力的ブランド価値はない。
 むしろ、そういう価値基準ではなく、4年間も通えば偏差値70以上の大学の卒業者より年収が良くなるといった「稼ぐ力」を徹底的に身につけられるという価値を提供するのがいい。

 どうしてもそこまで達成できない学生でも、少なくとも就職に困ることがない仕組みを保証するのが、底辺大学の最低限の存在意義だろう。

 底辺大学の新しい価値の創造については別の記事に書くが、底辺大学に入学してくる学生にとって一番切実な不安は「就職口」だろう。
 他の学力的に高い学生と同じように就活していても、勝てる担保が無いのでは、立つ瀬がない。

 そこで、福知山公立大学の前身である成美大学の公式サイトを見てみると、卒業生が笑顔でこう言っていた。
日商簿記2級取得が内定獲得の大きな自信になりました

 おいおい、それじゃ専門学校レベルだよ。
 多額の学費を支払う親なら、「経営者、出てこい!」と怒っていいところ。
 もっとも、こういう志の低さだから、経営難で市に経営譲渡せざるを得なくなったのだろう。
 では、福知山公立大学に改組されることで何が変わるのか?

 公式サイトを見ても、正直、理念先行型で、どんな具体的な価値を学生に提供できるのかについては、さっぱりわからなかった。
 ただし、「地域に根ざし地域活性化を担いながら、日本各地そして世界が抱える課題への対応力を備えたグローカリスト(glocalist)を育成」する方針なら、学生に起業させて4年間でビジネスを軌道に乗せることぐらいは約束してほしいものだ。

 たとえば、「誰かが車で迎えに来てくれたらなぁ…」という市民ニーズに学生自身が応えてもいいはずだ。
 学生が誰でも入れるビジネスサークルを作り、依頼主の元へ車で迎えに行くという商売を始めてもいい。
 地元で安全に走れるルートを知ってるドライバーや、運行管理や保険にくわしいプロ、タクシー会社との共存を図れる人材など、多様な大人たちと組んでいけば、これまでにありえなかった新しいビジネスを生み出せるかもしれない。

 夫婦でお酒を飲みたい市民が居酒屋に行く前に、メールでサークルに予約を入れておくだけで、帰宅予定の時間に大学生が居酒屋まで車で迎えに来てくれて、自宅まで送ってくれるというサービスだ。
 ここで、運転する学生への対価を考えると、以下の要素が考えられる。

① 依頼主は名刺を渡してビジネスモデルを説明し、求人やインターンの情報・人脈を紹介
② 住居やオフィスなどに再利用可能な空き物件の情報を提供
③ 市民が日常的に切実に困っている地域の課題を具体的に解説

 ①②③のいずれか、あるいはすべてを学生に提供すれば、学生は市内のどこに求人ニーズがあるのか、より安く住める物件や起業時に安く使える建築物件などの「生の情報」をいち早く入手できる(※提供できない人には、そのつど有料課金すればいい)。
 そして、まだ解決されていない地域の課題を知れば、それを解決するビジネスの種を得たことになる。

 偏差値の高い都会の大学でも、社会人と日常的につきあうチャンスは決して多くないし、ましてや地域の課題を解決している実践的なコミュニティビジネスのサークルも少ない。
 人口規模の小さな田舎の町だからこそ、より多くの市民と出会い、親交を深めるチャンスが日常的に作れば、一年生の頃からサークルを事業体として機能させることで、4年間で自分が地元で働く会社を作る結果を生み出せるポテンシャルが眠っているのだ。

 学生は、時間を売って金では買えない対価を得るので、人件費として計上する必要がない。
 必要なコストは、車の燃費と、この仕組みを維持するための専従マネジャー(=卒業後の社長候補)の人件費程度。
 車の燃費は、このサービスを利用したい市民から年会費としてあらかじめ1000円程度を調達すると同時に、事業立ち上げの際にクラウドファンディングで初年度の経費だけを調達しておけば、それ自体が地域にサービスを広報できる手段になる。

 もちろん、市内の企業・行政などからは法人会員として年会費を10万円程度調達できるよう、営業まわりをした方がいい。
 この営業まわり自体が、学生にとっては自分の名前と顔を売るチャンスになり、企業にとっては優秀な若い人材を青田買いできるので求人広告費を節約でき、事実上の就活になる。

 学生サークルの段階では、学内のソーシャルデザインや社会起業にくわしい教職員に指導と代表責任者をお願いするといい。
 このサービスが4年間で根付けば、その間に空き物件をオフィスにしたり、学生が運営する起業実験カフェを開発するなど、学生自身がビジネスを実践的に学ぶチャンスを増やせる。

 市民にとっては、24時間いつでも機動的に車を無料で出してくれるサービスがあれば、遠距離タクシーを無理して使う必要がなくなるので、商談も進めやすくなるし、コミュニケーション相手も広げやすくなる。
 地元のタクシー会社にとっては商売が上がったりになるかもしれないが、初乗り無料券などを学生に配ってもらったり、学生のサービスサイト上でタクシー会社の広告を無料で掲載するなどの配慮をするといいだろう。

 人力車や、既存の法律の縛りのない車を利用することも選択肢になるかもしれない。  あるいは、DeNAが自動運転による無人のタクシービジネスを始めるそうだから、今後は自動配車とセットで学生と市民をつなげられる仕組みを考えていく時代になるかもしれない。

 このように、「学生自身が自由に考え、自発的にビジネスを起こしていいのだ」という機運と例示を、福知山公立大学が作るといい。
 そうすれば、学生は4年間で地元の市民と、どこの町の大学生よりも深くなじんでいき、地域への思い入れも深くなる。
 そして、地元に新たな起業家を育てておけば、就活の際に学生は友人の会社に入ることもできるし、地元の高校生も自分の故郷を「やがて戻ってこられる町」として認知しやすくなるだろう。

 もちろん、地域活性には、中高生自身が音楽や映画、スポーツやダンスなどの文化を作り出せる拠点が必要になるので、大学生は空き物件や空き地を有効利用して若い世代が楽しめるインフラを作り出すかもしれない。
 不便が多い小さな町ほど社会的課題も多く、それは解決すれば儲かるビジネスの種も多いことを意味する。
 そして、成功事例ができれば、日本全国あるいは世界の田舎町の活性化モデルとして広く事業展開しやすい。
 福知山公立大学に期待するとしたら、そういうことなんじゃないかな。

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