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■ストレスチェック制度であぶり出される「隠れメンヘラ」



 労働安全衛生法が改正され、昨年(2015 年) 12 月から毎年1回、労働現場ではストレスチェックの検査を全ての労働者に対して実施することが義務付けられた。

 つまり、会社や役所などに通勤している人は、心理テストを受けることになるのだ。
 対象になるのは、労働者(従業員)が 50 人以上いる事業所で働く人。
 ただし、契約期間が1年未満の労働者や、労働時間が通常の労働者の所定労働時間の4分の3未満の短時間労働者は対象外になる。

 なんだか、竹宮恵子さんの傑作SFマンガ『地球(テラ)へ…』の成人検査のようだが、現実だ。
 会社員でこの検査を知っている人は、半分にも満たないようだ。

 なんで、こんなストレスチェック制度が始まったのかといえば、労働者の自殺率が微増していることと、心の病による労災請求が過去最多を記録し、ストレスを早めに予防し、自殺を未然に防ぐことが急務だと考えられたから、らしい。
(※下記の画像は、マイナビニュース2015年10月21日付より)。

 このストレスチェック制度に対する不安は、主に以下の3点だ。

①検査結果は個人に通知されるが、部署ごとの数値は「職場改善」用に会社に通知される
②「ストレスが高い」と診断された人は、医師に面接指導を申し出る
③企業はストレスチェックの実施日・人数・フォロー状況を労働基準監督署に報告する

 それぞれの関する不安をわかりやすく説明してみよう。

①検査結果は個人に通知されるが、部署ごとの数値は「職場改善」用に会社に通知される

 部署ごとといっても、10人以上の単位を前提にしているが、日頃から一緒に働いている同僚の名前や顔、表情は、同じ職場なら誰にでもわかる。
 そうなると、部署内で数値が「1」なら、「アイツだ!」という噂が社内に広まりやすくなる。

 もちろん、「集団規模が 10 人未満の場合は個人特定されるおそれがあるので、全員の同意がない限り、結果の提供を受けてはいけません」とか、「質問票は医師などの実施者(またはその補助をする実施事務従事者)が回収し、第三者や人事権を持つ職員が記入・入力の終わった質問票の内容を閲覧してはいけません」などの仕組みにはなっている。

 それでも、結果は医師などの実施者(またはその補助をする実施事務従事者)が保存し、事業所で5年間保存が義務づけられているので、パソコン上のファイルのパスワードが甘かったり、ハッカーに狙われたり、書面化の管理がずさんな職場なら、情報流出の恐れは常にある。

②「ストレスが高い」と診断された人は、医師に面接指導を申し出る

 まず、職場内の医療従事者に面接指導を申し出る人はいるだろうか?
 医療従事者と一緒に面接の部屋に入るのを職場の誰かに見られたら、その時点で社内では噂の標的にされかねない。
 「受診しない権利」すらあるのに、だ。

 しかも、「ストレスが高い」と診断された社員がいると発覚した後で職場改善の仕組みが新たに作られるわけだから、一番先に申し出た人には、ストレス負荷のかからない(=安心して働ける)職場環境に変わるまでタイムラグが生じることになる。
 つまり、事実上、「最初の生け贄」にならざるを得なくなるのだ。

 会社は、たった1人の社員が高いストレスを感じていると診断されただけで、職場改善のために本腰を入れて社内規則を変えるだろうか?
 企業規模や社風、業態、株主の意向などによって、会社それぞれが独自の基準で職場改善の必要性を判断するわけだから、何百人もの社員が「高ストレス」と診断されようと、何も有効な手を打てないままの会社も珍しくないだろう。

 しかも、社内の面接指導で「通院・入院の必要あり」と診断され、その通りに通院・入院することを会社が認める職場改善を行うことになれば、社内外に「あの会社はブラック」と噂されるのも時間の問題になる。
 そうなると、会社で雇っている産業医に対して「情状酌量」を求める管理職や経営者も出てくるかもしれない。

③企業はストレスチェックの実施日・人数・フォロー状況を労働基準監督署に報告する

 「高ストレス」と診断された社員の数や割が多いと労基に判断された企業は、それこそ「ブラック企業」と公式に認められてしまいかねない。
 それを避けたがるのが本物のブラック企業だから、当然のように、社員に対するストレスチェックの結果を甘く見積もることを画策するかもしれない。
 社内で「高ストレス」と診断されないためのマニュアルを作って、やっつけ仕事のように、ハンで押したような答え方を社員に強いるかもしれない。

 そうなると、本気でストレスの多い職場を改善してほしいと望む従業員ほど煙たがられるだろうし、「適切な診察を受けたい」と思いながらも勇気を出せないでいる社員も口をつぐんでしまうかもしれない。
 これでは、新しい制度も本末転倒になってしまうだろう。

 では、どうすればいいのか?
 上記の3点に対する不安に答える形で、以下に解決策を考えてみたい。



●社員を萎縮させ、新たなストレスとして生産性を落とす前に…

 最終的にはストレス要因となっている職場環境を変え、組織を健全にすることが、ストレスチェック制度の本丸だとするなら、チェック実施日だけを近視眼的にとらえないほうがいい。
 むしろこの新制度をきっかけに、社内にメンタルヘルス的に健康を維持・向上できる仕組みを作るのが好ましい。

 ストレスチェック制度に関する基礎知識を社員全員で理解できるチャンスを設けた上で、次のようなアクションを始めることだ。

①ストレスチェックを実施する前に、職場内でストレスを減らす仕組みを提案する
②チェック実施の半年前から体を鍛え、心理的な負荷に耐えられる準備を行う
③高ストレスと診断される社員には、むしろ良い待遇を提供する

 1つずつ解説していこう。

①ストレスチェックを実施する前に、職場内でストレスを減らす仕組みを提案する

 ストレスを作り出す職場環境そのものが問題なのだから、パワハラ・セクハラ・アカハラなどのすでに社会問題とされている「職場での力関係による支配」を不要にしても困らないワークフローを、労使一体となって作り出す。
 職場から1人でもストレス被害による精神病者を出すことは、経営者側・従業員・消費者・株主の誰にとっても損失であり、ストレスフリーな環境が生産性を向上させることを共通認識として持てるチャンスを作り出すのだ。

 逆にいえば、新制度をきっかけに有効な労使関係が作れないこと自体が、新制度によって社員はさらなるストレスを抱え、会社はブラック企業の烙印を押されるリスクを負い、産業医も賠償請求の対象にされることになる。
 「いつ変わるの? 今でしょ」を合言葉に、日本企業が連携し合ってストレスフリーの実現の仕組みを作り出し、成功事例をシェアしながら、みんなで変えていくしか無いのだ。

②チェック実施の半年前から体を鍛え、心理的な負荷に耐えられる準備を行う

 ストレスは、職場だけでなく、私生活にも大なり小なりある。
 仕事中でも、失恋や近親者の病気、ペットロスなどを気に病むことはある。
 人生の大半は、寝ているか、職場にいるわけだから、すべてを職場でのストレスにしないためにも、職場では健康増進のために体を鍛えて、ストレスに強くなる備えを提供しておく必要があるだろう。

 健康診断を励行してない企業は、この機会に定期健診を導入した方がいいし、朝のラジオ体操や勤務外の運動部すらない会社は、そうした体力増強を通じて同僚の絆を築ける仕組みを作る必要があるだろう。
 そして、いざストレスチェックの実施日が近づいても、半年前から体を一緒に鍛え、日頃から悩みも気軽にうちあけられたり、相談し合ってきた仲間と一緒になら、さほど緊張しないで済む。

 実際、生産性を上げている日本企業には、社内運動会や社員全員が参加するマラソン大会を設けているところも少なくない。
 とくに若い世代では、プライベートでは体を鍛える習慣がないので、ストレス耐性をつけるためにも、仕事に差し支えないような形で「社員みんなで運動する」仕組みを、成功している企業から学ぶといい。

③高ストレスと診断される社員には、むしろ良い待遇を提供する

 医師との面談で「高ストレス」と診断されても、会社側から従業員を一方的に解雇したり、不当な配置転換をしたりする「不利益処遇」は禁じられてはいる。
 しかし、会社の判断の何が「不利益処遇」にあてはまるかのは、労働基準監督局でも判断が難しいだろう。
 だから、従業員はストレスチェック制度を知れば知るほど、不安を覚えて、それ自体がストレス要因になってしまうのだ。

 それならいっそ、「高ストレス」と診断された従業員には、左遷・解雇などのマイナス査定を内規で禁じると同時に、その従業員が心から喜べる「特別待遇」を提供してはどうか。
 その待遇の内容は、あらかじめ従業員それぞれが自分で提案できることにし、どういう診断結果ならどういう待遇を望むのかを、産業医の指導の下で順当な内容を文書化し、それを雇用契約に盛り込むのだ。

 ある社員は「半年から1年以内の休暇がほしい」かもしれないし、べつの従業員は「育休をあと3ヶ月だけ延長したい」かもしれない。
 社員の意見を労組が集約して経営者に要求するのもいいが、一度に全員が悪い診断結果を受けるわけではないから、「1人が一時的に職場を抜けた場合のフォロー体制」や「3割減給で半年間休んだ場合の生産効率維持の仕組み」などのシミュレーションを考える管理職どうしの会議が必要になる。

 ストレスチェック制度は、廃止されないかぎり、これから毎年、続いていくものなので、従業員をいつまでも不安にさせて萎縮させ、会社への忠誠心や、それにひもづく生産性が落ちるよりは、労使双方が早めに手を打っておくことをオススメしたい。

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