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■32年前に「表現の不自由」を心配し、歌っていた歌手



 シンガーソングライターのさだまさしさんは、1984年に『Glass Age -硝子の世代-』というアルバムを発表した。
 その中の1曲に、『空缶と白鷺』という歌がある。
 さださんは1952年生まれなので、32歳の時の作品だ。

 この『空缶と白鷺』は、日本が空前のバブル景気に突入する直前の時代に作詞された。
 人々が景気の良さに浮かれ始める頃、当時32歳のアーチストは30年後を予言するような歌詞を書いていたのだ。

 1984年という年は、ジョージ・オーウェルが『1984』という小説で全体主義国家の近未来として描いた時代だ。
 その年の夏、子どもが生まれたさださんは、1984年に出すアルバムなら将来そういう国家にならないことを祈りたかったのかもしれない。

 日本では1982年に世界で初めてCDを発売し始め、1984年には日本電信電話公社(現・NTT)の民営化の決まるなど、それまでのビジネスや社会の仕組みが激動する変化が立て続けに起こっていた。
 しかし、海の向こうでは、1980年に始まったイラン・イラク戦争が、いつ終わるかもわからず、泥沼化していた。

 日本は、第2次世界大戦で負けた後、朝鮮戦争やベトナム戦争など他国での戦争による特需を追い風に経済復興を遂げた。
 さださんは、そうした経済復興と同時に育った戦後生まれだ。
 だから、自分の求める経済的繁栄が海の向こうの誰かが戦争で血を流すことで保たれることや、経済成長と引き換えに国家による支配が許されてしまうことを、無視できなかったのかもしれない。

 そうしたことをふまえると、さださんが1984年に『空缶と白鷺』を書き、32年後(=現在)の日本を心配していたのは、先見性があったように思う。
 では、『空缶と白鷺』を聞いてみよう。




白鷺が一羽 一輪の白菊の様に
汚れた河のほとりで空缶に 埋もれ 静かに水をみつめてる

かくれんぼを知らない子供が増えたって誰かが話してた
ひとり暮らしの老人達が増えたって誰かがつぶやいた
僕がこんな風にお前を抱きしめている時に
どこかで誰かがお腹を空かせて死んでゆく
ああ いつだって彼らを追いつめているのは僕だった
そう そのくせに手を差しのべるふりするのも僕だった
それが時代の正体だと嘘を承知で 笑えるほどに大人を演じ
ふと気がつけば 僕は卑怯な顔になった

世論調査では国民の九割が中位満足してるって
何かとひきかえにこの国も一流の服だけ手に入れた
僕がこんな風にお前を抱きしめている時に
どこかで誰かがピストルに射たれて死んでゆく
ああ いつだって失いたくないものたちが多すぎて
そう そのくせに失くしたあとで気づくものばかり
それが幸せの証しだと嘘を承知で 悲しみながら 迷いながら
それでも精一杯に 誰もが今を生きている

2016年の夏に子供が今の僕の歳になる
その時代は彼に自由に唄を唄わせてくれるだろうか
卑怯な顔になって生きることに彼が迷う頃に
僕は何かの答えを出せるだろうか


●政府関係者より民間人の仕事ぶりを、僕は信じたい

 菅義偉・官房長官は2016年4月21日の記者会見で、「表現・報道・編集、そうした自由は極めて確保されている」と語った。
 しかし、国際NGO「国境なき記者団」(本部・パリ)による2016年の「報道の自由度ランキング」では、日本の順位が前年より11下がり、72位に転落していたのだ。
 72位は、アフリカの途上国や、台湾・韓国・香港よりも低い不名誉なランクだ。

 38位のイギリス、41位のアメリカなどの先進国と比べても、日本の72位が、世界の中でどれだけ自由な報道のできない社会になっているかを印象づける。
 日本は、32年前にさださんが心配したとおりの生きづらい国になってしまった。




 さださんの息子・大陸さん(写真=TSUKEMEN公式サイトより)は、TAIRIKUという名前でTSUKEMEN(つけめん)のメンバーとしてプロ・ミュージシャンになった。
 ヴァイオリン2本とピアノのインスト・ユニットなので、歌う歌詞はない。
 メジャー・デビュー5周年になる昨年(2015年)、TSUKEMENは『TSUKEMEN CINEMAS』という映画音楽のカバーを出した。

 親父が『空缶と白鷺』を書いた32歳になる今年、大陸さんはどんな音楽を作るのだろう?
 そして、さださんは、日本人としての自分の経済的繁栄と、それを維持する戦争や「表現の不自由」との関係について、64歳としての答えが出せるだろうか?

 日本は、2015年に安保法制を見直した。
 密接な関係にある国が攻撃されれば、政府は「存立危機事態」に当たるかどうかを判断、該当すれば自衛隊は他国軍と一緒に戦うことになる。
 存立危機事態のような有事でなくても、警戒監視活動や自衛隊と共同演習中の米軍が攻撃を受ければ「防護」できる。
 集団的自衛権の行使には、もう地理的制約がない。

 安倍政権は約2年前、武器輸出三原則に代わる「防衛装備移転三原則」を閣議決定した。
 原則輸出禁止を撤廃し、武器輸出の要件を大幅に緩和した。
 2014年、世界最大級の兵器見本市「ユーロサトリ」で、日本は世界58の国・地域から出展した約1500社にまじって初めて専用ブースを設けた。
 防衛・経済産業両省の呼びかけで三菱重工業や川崎重工業、NECなど防衛産業大手8社と中小4社が参加。
 開発中の装甲車の模型や高感度監視カメラ、無線機などが展示された。

 だが、2016年は、開催を前に大手6社が参加を見送った。

 政府や経済団体の旗振りとは裏腹に退潮ムードが漂うことに、防衛・経産両省の幹部らは動揺を隠せない
 費用対効果やマスイメージを考えて生存戦略を選ぶ民間人の方が、政府関係者よりはるかに素直だ。
 戦争でも震災でも指示するだけで自分の命を差し出すことのない政治家や官僚より、自分の仕事の結果として命を落とす人が出てくることを常に心配する民間人の方を、僕は信じたい。
 政治よりビジネスの方が、権力よりはるかに大きな影響をこの社会に与えられるのだから。

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