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■苦しみを知る者だけが、解決の仕組みを作れる

 生きづらい社会の仕組みを変え、もっと生きやすい社会をビジネスによって実現するソーシャルビジネスは、各メディアでの報道が増え続け、すべてを追うことができないほどだ。
 そこで、ソーシャルビジネス(社会起業)を目指す人向けに、そうした事例をランダムに紹介しておこう。

 朝日新聞(2016年5月11日付)の記事では、車いすユーザのための服を作った女性が、以下のように紹介されていた。
 横浜市でウェディングドレスをつくる仕事をしていた鈴木綾さん(40歳)は、次男を出産した後に、うつに襲われた。
「わけもわからず死ぬことばかり考えるようになり、世界がグレーに見えた」

 体調が戻ったころ、障害者の服づくり講座のパンフレットが目に留まった。
「障害者は服の悩みを抱え、外に出られず孤立している」
 自分の経験した苦しさが重なった。
 車いすを買い、自ら乗ってみて気づいた。
 ズボンの股上が深くないと、腰より上の肌がすぐに露出してしまう。
 肩の周りに余裕がないと車輪を回しにくい。
 当事者の声も聞き、2011年秋、車いすの人のためのオーダーメイドの服店を始めた。

 それが今年から福岡市中央区に移転したオーダーメイド専門店「アトリエ エスプリローブ」だ。
 「アトリエ エスプリローブ」のFacebookページによると、一人一人の身体に合わせた服をオーダーメイドしており、ハンディキャップのある人、高齢、病気、その他様々な人が使用することを前提とした商品を提供しているという。
 うつ病になると、自分だけが世界から取り残されているかのような「認知のゆがみ」で孤立しがちになってしまう。

 しかし、自分がうつ病にならなくても、あらかじめこの社会にはさまざまな事情で孤立を強いられている人たちがいっぱいいる。
 そうした「孤立を強いられている人々」の存在に気づき、孤立を強いられている事情を自分のできることで取り除けるなら、それを仕事にすればいい。
 そうすれば、自分自身も社会の役に立ちながら収入を得られると同時に、孤立を強いられてきた人たちも救われる。

 このように、「人前に出られる服もないから外出の自由がない」と孤立を余儀なくさせる社会常識を、「あなたに合わせる解決を提供して自由にする」という新しい常識に変えるのが、ソーシャルデザインであり、その仕事をソーシャルビジネスという。
 時代の変化に敏感なファッション界では、服を通じてそれまでの不自由を自由に変える動きが盛んに試みられている。
 僕の本でも紹介した授乳服のモーハウスもその一つだ。

 上智大学の大学院生・海老塚恵さんは、昨年11月にHUFFPOSTでソーシャル・ファッションについて書き、NPO法人ナダァ・ジャパンの活動を紹介した。
 その記事によると、NPO法人 Gnadaa Japan(ナダァ・ジャパン)は、スリランカの元内戦地域の女性たちが社会で「働く」ことを実現するために立ち上がったプロジェクトだという。

 女性たちに一番馴染みのある裁縫技術を「仕事」として、仕事の場を作り、世界で通用する作品を生み出していくことをモットーとしている。
 代表のスベンドリニ・カクチさん(写真※ロゼッタストーンより)は、スリランカ出身のジャーナリスト。
 半生以上を日本で過ごしてきたが、1983年から2009年まで続いたスリランカの内戦がまだ終結する以前に、女性たちの自立実現を目指して "Gnadaa" を立ち上げた。

 お金を与える援助でなく、「持続可能な」仕事の場をつくり、経済的に自立するための支援をすること。
 それがGnadaa Japanの活動だ。
 利益拡大を目的とした営利活動ではなく、かといって、慈善活動でもない。
 Social Fashionは、フェアなビジネスの関係を結ぶことをコンセプトの一つに掲げている。
 過酷な労働環境から生み出される「ファッション」でなく、一人一人が笑顔で創り、届けられた相手も幸せを感じられるためのビジネス・モデルだ。

 東大新聞オンラインでも在学生の日高夏希さんが、途上国でのソーシャルビジネスについて修士論文を書いているマレーシアからの留学生ヒダヤ・モハマドさん(写真※東大新聞から)の取り組みを紹介してる。

 彼女はマレーシアの貧困をなくすため、伝統工芸を活かしたアパレルのオンラインショップ「Hidaya HuB(ヒダヤ ハブ)を立ち上げた。
 ヒダヤさんは言う。
「貧しい人々を市場に巻き込むBOPBase of the Pyramid)ビジネスに関心を持っていて、母国マレーシアをリサーチの対象にした。
 途上国支援は、最終的に現地の人が自立することが重要

 Hidaya HuB」で扱っているのは、布にロウで模様を描くバティックという伝統的な染め物で作られた服やスカーフ。
 マレーシアにいる友人が、バティックを使ったブランド「RUZZ GAHARA(ルッズ・ガハラ)を立ち上げたことを応援し、ヒダヤさんは日本でのマーケティングを担う。
 先進国の顧客を増やして、貧しい農村部で暮らすバティック職人たちの収入を向上させる社会的企業だ。

●ハンデは解決の仕組みを作れる強み

 東大では、2007年に1年間、学生自治会の主催によって、僕が自主ゼミとしてソーシャルビジネスを教えていたことがある。
 当時は、ソーシャルビジネスについてほとんど誰も知らなかった。
 大学当局も、学生企業を応援するゼミを設けていたが、ソーシャルビジネスではなかった。
 今なお、社会起業家の輩出率が他の大学と比べても低いのが、東大というところなのだ。

 ソーシャルビジネス分野で東大は他の大学と比べてかなり出遅れており、真剣にソーシャルビジネスに関心を寄せるのは、前述のように途上国からの留学生やLGBTなどのマイノリティに偏っている。
 もっとも、優れたソーシャルビジネスを手がける若者は、学力や学歴とは関係がない。
 学歴と親の資産が比例している今日では、富裕層の家庭で育った若者はさほど現行の社会の仕組みの中で困っていない。
 それゆえ、社会の仕組みのまずさによって貧困や障害、病気や失業などに切実に困っている人たちがたくさんいる現実にピンとこない。
 ソーシャルビジネスを動機づけられない環境下で育ってきた人が多い学校だと、親や教師や政治家などにとっての「良い子」をいつまでも演じられるのだから、社会の仕組みを変えない方が幸せなのだろう。

 しかし、地方在住で、障害を負い、貧困化へまっしぐらという切実な環境を強いられている人たちの現実に東大生が直面したら、彼らはその「優秀さ」を活かして解決の仕組みを生み出せるだろうか?
 今日では、社会に求められる「優秀さ」の質が大きく変わり始めている。
 高学歴層より、障害や貧困、失業などのハンデを持っている人ほど自分たちの社会的課題を解決したい動機が強いのだから、ハンデこそ解決の仕組みを作り出せる強みといえる。

 201631日、北海道札幌市を拠点とするNPO法人 生活相談サポートセンター「ホープ再生自転車販売」という事業を始めた。障がい者が再利用可能な放置自転車を回収し、修理・販売することで、売上が障害者の収入になる。専門的な技術を持った職員と身体や知的・精神障がいを抱える障がい者が協力し、自転車を修理する。

 読売新聞の記事(2016年5月5日付)によると、店を運営するNPO法人「生活相談サポートセンター」の代表・斎藤博之さん(64歳)が以下のように述べている(※写真は読売新聞から)。

「整備した自転車が目の前で売れていくのは、障害者にとってものすごく達成感がある。
 放置自転車に困る人を含め、みんなに感謝される仕事。
 いずれは道内一の販売台数を目指す」

 現在は身体や精神、知的に障害があるスタッフ7人が、自転車のサビ落としやブレーキのきき具合を確認する作業などに明るい表情で携わっている。
 他人の目を気にすることなく、自分のペースで取り組める作業は障害者にも好評という。

 斉藤さんによると、ぴかぴかに光っていく自転車を間近にした精神障害のある男性は、「自分には価値がないと思っていたが、廃棄物一歩手前の自転車が再生していくのがうれしく、自分にも可能性を感じた」と話した。
 仮店舗で始めた昨年は秋までに160台を販売。
 今年は年間500台以上を目標にしているという。

 放置自転車を修理し、貸し出してシェアサイクル事業を作り出し、ホームレスの再就職を支援する試みは、既に大阪のNPO法人 Homedoorが成功事例を出している。
 その詳細は、『よのなかを変える技術』(河出書房新社)を参照してほしい。
 Sputnik日本の記事では、アメリカ人のホームレスが雑誌を売って得た収入で自宅を購入したことが報じられている。

 その人が無理なくできることで収入が得られる仕事を作り出すことは、政治や行政には絶対に期待できないことだ。
 むしろ、切実に困ってる当事者と深いコミュニケーションを重ねる中で、当事者自身が望む解決の姿を作っていけるのが、民間のソーシャルビジネスなのだ。
 興味を持ってくれたら、下記の関連記事も読んでみてほしい。

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