拙著『ソーシャルデザイン50の方法』(中公新書ラクレ)をお読みの方なら、寿志郎(ことぶきしろう)さんというアーティストをご存知かもしれない。
群馬県沼田市で実家に暮らしていた寿さんは、東京理科大学4年生だった1991年、バイクの事故によって首の骨を折り、頚椎損傷で首から下が完全に麻痺、重度障がい者となった。
大学は中退を余儀なくされたが、24歳の時に長期療養型の病院でリハビリの先生から「自宅に帰ってからの生活を考え、口で筆をくわえて絵を描かないか」と勧められた。
以来、20年以上もパソコンとマウススティックを駆使して描き続けてきた。
1998年にホームページを作り、自分が描いた美少女イラストをアップした。
すると、そのイラストをコナミのゲーム関係者が発見。
仕事のオファーがメールで届いた。
「これがゲームキャラクターのイラスト発注があった最初の仕事でした。
これを機に、他社からもオファーが続き、2003年にはコナミのPS2ソフト『ランブルローズ』のキャラデザイン制作に参画することになったのです」
(寿さん)
2007年には、イラストレータとしてCSの番組に出演。
すると、その番組が動画投稿サイトにアップされ、ネット上で話題となり、オンラインゲームの1点もののイラストを発注されたり、イラスト上達マガジン『touch』でイラストを描くプロセスも紹介された。
2009年には、株式会社セルシス(東京・新宿)のイラスト制作ソフト「IllustStudio」で広告イラストやイラスト講座などを受注。
2010年3月26日から4月6日に群馬県庁・昭和庁舎で初の個展を開催。
約80点を展示すると、1000人の観客を動員できた。
2011年12月には、障がい者の自立支援を行うNPOリボングラフィックス(静岡市)と協働し、障がい者向けにDVD付きのイラストテクニック本も制作した。
2013年、僕が今後の夢を尋ねると、「地道に地域に貢献したい」と答えた。
「産直品が売られている尾瀬市場を広報するために、同市場のホームページや出版物、チラシにイラストを提供し、市場の一角にギャラリーを作って展示しています。
スキー客などの若い観光客たちが足を止めてくれるのです。
今後は尾瀬市場のオリジナルの萌えキャラを作りたい。
ゲームの仕事で3Dに起こしてもらうのを見ると、魂を吹き込めるようなものを作りたいですね」
そんな寿さんが、2016年6月15日未明、急死してしまった。
●寿志郎さんは、愛で絵を描く人だった
スポニチの記事より |
誰かがプロとして有名になると、「あいつには才能があったんだ」と言う人がいる。
でも、それは違う。
まったく未経験のことでも、自分に才能があるかどうかなんてわからなくても、始めてみるしかないのが人生なのだ。
寿志郎さんは、それを教えてくれた。
重度障害者になった時、彼はすべてを失った。
自分では何もできず、ただ周囲から支援を施されるばかりで、誰にとっても役に立てない。
そんな日々の中で、彼は自分の口を使って絵を描くことに唯一の希望を覚えた。
描けるかどうかなんて不安を抱いても、らちが明かない。
やるしかないのだ。
始めるしか、自分の人生は開かれていかない。
だから、彼は描き始めた。
できないことがあれば、それができる仕組みを考えては試した。
寿さん自身が出演し、イラストを制作する過程を解説する動画が残っている。
自分と同じ重度障害者の人がこの動画を観たら、きっと希望をもってくれるだろう。
おそらく、そう考えて寿さんはこの動画を公開したのだと思う。
なぜか?
ただ自分が誰かの役に立つことで満足するのではなく、「自分と同じことが他の人にもできるのだ」と言いたかったのだろう。
彼は美少女を愛らしく描いたが、美少女を愛する以上に、その美少女を観てくれる人たちを愛した。
だから、どんどん上手くなっていったし、技術的な向上だけでなく、高校野球群馬大会のイラストや、尾瀬の地域活性化のためのイラストなど、自分の住む地域のみんなに歓迎される絵をたくさん描いた。
自分が誰かの役に立つことだけで満足せず、自分の絵を愛してくれる人たちを幸せにしたい気持ちが、彼の絵の技術向上を促したのだ。
彼は、簡単に「努力したからだ」とか、「特別な才能があったんだ」なんて言われたくないはずだ。
実際、彼の絵を観る時、「障がい者が描いた絵」という説明が必要だろうか?
「障がい? 関係ねぇよ」
寿さんの絵を観ていると、そんな言葉が聞こえてきそうだ。
寿さんは、本当に美少女が好きだったんだ。
彼は自分の愛に忠実に生きたのだ。
それでいいじゃないか。
美少女を素直に「美しい」と感じられる人々の心を、寿さんは信じた。
そして、多くの作品を公式サイトに残した。
好きなことを好きなだけ続け、生をまっとうした寿さんはステキだ。
うらやましいぐらいの人生だった。
ありがとう、寿志郎さん。
合掌。
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