福島の原発事故で被爆した、酪農家所有の牛たちだ。
政府は、福島第1原発から半径20キロ圏に残された家畜の殺処分を決定した。
多くの酪農家が泣く泣く愛していた牛たちを殺さざるを得なくなる中、今でも牛たちを柵内で育てながら保護し、牛たちの命をなんとかまっとうさせてやりたいと奮闘を続けている人たちもいる。
かつての仲間からは「そんな活動はやめろ」と言われ、福島から東京・渋谷まで車を飛ばして拡声器で殺処分の現実を叫んでも誰も耳を貸さない。
それでも、かたくなに牛の保護を続ける農家に、身内だけでなく、学術研究者やボランティアなどの市民が1人また1人寄り添っていく。
そんな酪農家の5年間の戦いを撮影したドキュメンタリ―映画についてこのブログに書いたところ、その映画を監督した松原保さんからFacebookでメッセージをいただいた。
この映画は『被ばく牛と生きる』と改題され、これから全国各地の劇場で公開するための配給宣伝費を調達するために、クラウドファンディングによる支援を受け付け始めているという。
クラウドファンディングで支援したい方は、下記を参照(太字をクリック)。
「原発事故で故郷を奪われた農家の刹那を描いた
映画『被ばく牛と生きる』の配給宣伝にご支援ください!
(Motion Gallery)
●動物を生かすことは、人を生かすこと
僕はこの映画を一足先に監督のはからいで観ることができたのだが、牛の保護に孤軍奮闘する酪農家の男性(主人公)の姿に久しく観なかった”ロック魂”を感じた。
苦しんでいる当事者は誰だって、常にロックし続けているのだ。
ロックとは、ただの音楽の一ジャンルではなく、不当な命令を強いる相手に敢然と立ち向かう意志と態度のことだから。
「放射能はいらねぇ 牛乳飲みてぇ」と歌った忌野清志郎さんが生きていたら、きっとこの酪農家を応援する映画の主題歌を作ったに違いない。
3・11から7年目の今年、東電から電気の供給を受けている関東圏の市民は、被ばくのリスクや「家畜殺処分」の恐ろしさをどれだけ深刻に受け止めているだろうか?
僕自身、3・11当時に比べれば被ばくにはかなり鈍感になったし、動物の生きる権利を簡単に放棄させる「家畜殺処分」に権力の暴走を感じても、やりきれない気分でブログ記事を書き、1人でも多くの方にその現実をお知らせする以上のことはできない。
今回、宣伝費も自力調達しなければならない松原保監督は、僕が書いた以前の記事「所持金0円、東京」の女性を一緒に救おう!に応えて、この女性に映画『被ばく牛と生きる』の公式サイトで公開するイメージカットを細密画で描いてほしいと発注してくださった。
監督のそういうやさしいまなざしが、映画『被ばく牛と生きる』にも注がれている。
生きること・生かすことをあきらめたくない思いが、そこにはある。
誰だって、生きたい。
動物だって、そうだ。
国家なんかに生存権を侵害されてたまるか!
牛が言葉を使えたなら、きっとそう叫んでいるはずだ。
そういう映画を、より多くの人に観てほしい。
生きるため、生かすための戦いは、今この時も続いているのだから。
なお、本作の英語版『Nuclear Cattle』は、ハリウッド国際インディペンデンス・ドキュメンタリー・アワードの2016年12月に外国映画の長編部門と初監督作品賞の2つの部門で受賞した。
日本で公開されるためにも、配給宣伝費が必要だ。
「原発事故で故郷を奪われた農家の刹那を描いた
映画『被ばく牛と生きる』の配給宣伝にご支援ください!
(Motion Gallery)
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