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■男たちよ、父の失敗から女性との交際術を学ぼう

 日本人のヘテロ(異性愛者)どうしの関係の内実を語る上で見逃せないのは、つい70年前までこの国の男たちには「女性との対等な関係」を求める動機も空気も制度も無かったという歴史だ。

 明治時代以降、家父長制は戸主制として民法に明示されていた。
 わかりやすく言えば、3世代同居が当たり前だった当時、おじいちゃんは家督(家の資産)のすべてを独占的に所有し、その遺産相続はおじいちゃんが最初に作った男子(長男)だけが自由にできた。

 その男子がやがて長男を生めば、その長男が家督を引き継ぐことになる。
 そうすることで、家の中で一番えらい人は長男となり、長男が次男や女たちを率いる責任を一任されると同時に、彼らを支配できる権利を得ていたわけだ。

 逆に言えば、長男以外には何の権利も無いので、いざ結婚すれば、女は夫に従うしかない。
 どんな無理やりなセックスを強いられても拒めないし、それどころか家を守るために男子を生むことが当たり前のように要求されていた。
 まさに、「女は子どもを産む機械」だったわけだ。

 同時に、長男以外は家督を継げない(=家の中での発言力が長男より圧倒的に弱い)ため、二男以後の子どもや娘にも、人権など無いに等しかった。
 長男は、家の中で絶対君主のように振る舞い、支配者として君臨していたわけだ。

 そして、70年前、日本が戦争に負けると、憲法で男女同権が明記され、児童福祉法も生まれた。
 それでも今日、その恩恵を受けているはずの当事者である女性や子どもには、「自分の自由や権利が満足に行使できない」という不満を持つ人が少なくない。
 平等の概念が憲法や法律で明文化されていても、実生活の文化として平等な関係を根付かせる仕組みや工夫が足りなかったのかもしれない。

 いずれにせよ、平等を内面化してないまま恋愛や結婚という現実が先行すれば、戦前と同じように「女は黙って男に従うもの」とか、「子どもは黙って親に従うもの」など、オンナコドモに対する支配的な構えは残り続ける。
 それは、男たち自身が作り出し、残し続けている社会的課題なのだ。

 きみが男で、「オンナコドモを不当に虐げるのはイヤだ」と思うなら、自分の父親の過ちから学ぼうじゃないか。



●関係とは、相手と自分の違いを1個でも多く知るゲーム

 僕は約2年前に一人暮らしを辞め、母親が認知症の初期症状を見せ始めたため、年金生活の両親のいる実家に暮らしている。
 父親は心身ともに健康だが、僕が子どもの頃と人付き合いの作法がさほど変わらない。

 父にはかつて姉がいたが、すでに他界しており、前述した通りの「昭和の男」である。
 仕事をしていなくても、日常的な家事・炊事・掃除のすべては母親に任せきりだ。
 週の4日は社交ダンスで家を空けるが、母は「家にいられるよりマシ」という。
 ただし、不満が無いわけではなく、求めても変わりようが無いとすっかりあきらめてしまったのだ。

 70代後半になる両親の世代は、女の社会進出など考えられず、それどころか高度経済成長によって専業主婦になるのが「女の勝ち組」としてもてはやされた時代だった。
 しかし、専業主婦として夫の稼ぎで安定した生活を得るのと引き換えに、その世代の女性たちは夫婦関係に「支配・被支配」を温存するという不当な環境に耐え忍ぶことになった。

 母は毎日、一通りの家事を終えたら、図書館から借りた本をずっと一人で読んでいる。
 その図書館に行くのも、父の運転で車を出さない限り、できない。
 食材の買い出しに夫婦そろって行く時も、父は車の中で腕組みして待ってるだけ。
 認知症の母は毎度同じ食材を買い揃え、食べ残した生鮮食品が冷蔵庫の片隅で腐っている。

 もったいないので、そうしたロスを出さないように子どもの僕が料理して自分の分の食事に使おうとすると、父は「お母さんの作った同じものを食べろ」と言う。
 その結果、僕は一人暮らしではありえなかった胆石にかかり、今年の上半期に手術入院したのに、父も母も習慣を変えられずにいるのだ。

 母には軽度発達障害のうちの自閉症スペクトラムの疑いがあって、「これ、美味しいから残さないで」が口癖だ。
 自分と他人の区別ができない
 それは症状の一つなのだが、高卒の父親は病気とは認めず、50年間も「他人の好き嫌いに口を出すなよ」と母をたしなめ続けている。

 父は、母の属性をちゃんと知ろうという関心が、今なお乏しいのだ。
 結婚前のデートを母に尋ねると、飲食店に入るのはまれで、「歩いてばかりいた」そうだ。
 しかも、映画に誘われたと思ったら、「いつもヤクザ映画でつまらなかった」そうだ。

 以上のエピソードと似たようなことは、今日の男たちにも思い当たるんじゃないか?
 恋人の女性から「読んでみて」と勧められた本も読まないままだったり、妻にとって大事な記念日に興味がなかったり、大事に思っているはずの相手が大事にしてることがわからない男たちは、決して少なくないはずだ。

 そういう過ちを、僕ら男たちは平気でやってしまってる。
 僕自身、女性と別れてから、尋ねればよかったと思うことが後から湧き出てくる。
 それでも、自分との違いを知ることは、面白いことだよね?

 自分が知らなかった楽しみや考え方、趣味や症状などは、それに関心をもって付き合いを続けていけば、見えてくる。
 男は女よりはるかに鈍感だから、「自分との違い」の魅力に気づくのに時間がかかるかもしれない。
 でも、男たちが牛耳ってきた政治やビジネス、社会の仕組みの下で生きるのは大変だと感じているなら、女たちから学ぼうじゃないか。
 男たちが勝手に信じ、自分を苦しめてきた常識や発想を、女たちは「生きづらい男社会」の中で生み育ててきた生存戦略によって軽やかに乗り越えているのかもしれないのだから。

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