でも、音楽は本来、同じ音を分かち合う人どうしが集まる連帯感によって、その音を分かち合えなかった時よりも、何かを変えるだけの力を持っている。
だから、その「音楽の力」を信じる人たちによって、社会を変える試みがさまざまな形で行われている。
音楽の力がなかったら、変わらなかった現実はたくさんある。
そこで、既に試みられている「社会変革としての音楽活動」の試みには、以下の7つのアプローチがある。
①ライブ入場料・CD販売による収益金からの寄付
②社会貢献の活動に参加してライブチケットを入手
③苦しんできた当事者自身が音楽でその価値を発信
④アイドル活動による社会啓発
⑤音楽療法
⑥テクノロジーを活用して社会変革
⑦ブラストビート
では、順を追って紹介していこう。
①ライブ入場料・CD販売による収益金からの寄付
ボブ・ゲルドフがイギリスとアイルランドのロック・ミュージシャンから構成されたBand Aid(バンド・エイド)を結成し、1985年7月13日に行った20世紀最大のチャリティ・コンサート『LIVE AID』(ライブエイド)は、「1億人の飢餓を救う」というスローガンの下、「アフリカ難民救済」を目的としたものだった。
同年、アメリカのスーパースターが一堂に会したUSA for Africaも、アフリカの飢餓救済のためのチャリティーソングを歌った。
このように、ミュージシャンが同じ歌を一緒に歌うだけで生まれる収益からの寄付は、CDの販売やituneなどのネット配信の音楽でも盛んに試みられ、今日ではミュージシャンによる社会貢献活動の定番になっている。
東日本大震災の被災地復興支援を目的として2012年に1年間限定で再結成したプリンセスプリンセスも、活動の収益金で宮城県仙台市にライブハウスを建てることを公式サイトで発表した。
これは、「東北には1000人以上を収容できるライブハウスがなく、東北地方にアーティストが行けない」という課題に対して、東北で最も人口が多い仙台にライブハウスを建てることで解決しようというもの。
しかも、「その事業によって生まれた収益金の一部は復興支援のための活動に毎回寄付する」としている。
このように、ただ収益の一部を一方的に寄付するのではなく、寄付によって生み出せたビジネスからの収益の一部がさらに復興支援のような当初の目的を果たすのに継続的に使われる仕組みまで勧化ているのが、昨今の寄付のあり方といえる。
ビジネスの持続可能性を考え、目的達成の速度を早めたり、寄付の成果をみんなが検証できるようにすることも、被災して困ってる人たちの地域社会の現実を変えることを加速させるのだ。
②社会貢献の活動に参加してライブチケットを入手
人気ミュージシャンがたくさん出演する音楽フェスは、みんなが切実に困っていること(=社会的課題)に対して、大勢の観客に知らせるのに良いチャンスになる。
しかし、ステージでミュージシャンたちが、たとえば「福島は被災した。みんなの力を復興活動に貸してくれ!」と叫んだだけでは、何をどうすれば、力を貸すことになるのか、わからない。
そこで、2003年にアメリカで「ロックコープス」という社会貢献の取り組みが始まった。
これは、4時間以上のボランティア活動に参加すれば、人気の音楽フェスに参加できるチケットが入手できるという仕組みだ。
これまでに欧米など9カ国で行われ、人気歌手レディー・ガガらも参加した。
アジアでの開催は、2014年4月に日本の福島で初めて行われた。
福島、宮城、岩手と首都圏で行われるボランティアイベントで4時間以上働くと、福島市で開かれるライブのチケットがもらえる。
ボランティアは、20歳以上の4000人を募集して行われた。
被災地での支援活動に大勢の人間が加わることで、被災地の現状を自分の目で確かめられるし、被災者から喜んでもらえば、その後でもボランティアに参加したくもなるだろう。
そのように、人々の意識を「利己から利他へ」と動機づけることも、「音楽の力」の上手な使い方だろう。
この「ロックコープス」は、被災地支援以外にも、さまざまな趣旨で続けられている。
③苦しんできた当事者自身が音楽でその価値を発信
地域社会が地元の祭で音頭を踊ったり、学校の卒業式には校歌を歌うなど、音楽は本来、特定のコミュニティの中からコミュニティ内部の一体感を分かち合うツールとして生まれてきたものだ。
それと同じ意味で、昨今では、特定の社会的課題に苦しんできた当事者自身が、その苦しみを歌詞に込めて歌うことで、同じ社会的課題に苦しむ人たちのコミュニティを癒したり、元気づけることに寄与している。
NPO法人マイペース・プロジェクトは、不登校やひきこもりの経験者がバンドを組み、各地で演奏活動を続ける「JERRYBEANS」の活動をマネジメントしている。
現時点でひきこもりや不登校に悩んでいる親子にとって、彼らのライブは当事者どうしとして通じ合うものがあるだろう。
ろう者の親の下で育ってきた武井FATMAN 誠さんは、手話と音楽で健聴者と聴覚障がい者を同時に楽しませる「こころおと」というバンドを結成し、活動している。
これも、聴覚のあるなしの壁を超えたコミュニティを作り出すことで、互いに相手を受け入れられる社会の仕組みの可能性を作り出している。
10万人に1人の発症率のウエルドニッヒ・ホフマン症(脊髄性進行性筋委縮症)で生まれ、「明日まで生きられない」と言われた朝霧裕さんは、車椅子に座ったままシンガーソングライターとして自作の歌を作って発売し、ライブ歌っている。
車椅子ユーザの当事者だけでなく、彼らの家族や友人をもつ人たちも含めたコミュニティを音楽で形成することは、それ自体が「誰もが好きなことのできる社会」が作れるという希望を実現させている。
④アイドル活動による社会啓発
マイノリティの存在を社会に広く浸透させていきたい時も、音楽は力になる。
社会の中での少数者は、それだけで偏見や差別の対象になりがちだが、「アイドル」という誰もが見慣れている文脈と表現によって、楽しく受け入れられやすい存在へのイメージを変換できるのだ。
たとえば、セクシュアルマイノリティの総称を意味するLGBTのアイドルとして、昨今、一部で注目を集めているのは、ゲイの男子アイドルグループ「虹組ファイツ」だ。
被災地支援でも、10代が復興支援に携わるチャンスは、被災直後はなかなか無かった。
しかし、復興に忙しい地元の大人たちを元気づけたい気持ちが、現地の10代にはあった。
そこで、気仙沼に生まれたのが、産地直送気仙沼少女隊「SCK GIRLS」だ。
彼女たちは、地元の商店街だけでなく、各地へと活動の場を広げている。
他にも、『街はみんなのゴミ箱じゃない!!』をキャッチコピーにして日本全国お掃除計画を目的に結成されたお掃除ユニット『CLEAR’S』。
南房総白浜海女まつりのメイン企画の一つとして「歌って・踊って・拾って・潜れる 社会貢献アイドル発掘オーディションで選ばれた5人組「WHiTE BEACH」(ホワイトビーチ)」。
中部盲導犬協会認定の社会貢献アイドル「P−Loco」など…。
全国各地に音楽活動を通じて地域活性などの社会貢献に取り組みアイドルグループが続々と増えている。
⑤音楽療法
認知症の人たちに思い入れのある曲(パーソナル・ソング)を聞かせれば、曲の記憶とともに何か思い出すのではないかと考え、「ミュージック&メモリー」という活動を始めた人がアメリカにいる。
認知症の人たち一人ずつに好きな曲を聞いてもらう活動で、認知症の音楽療法を追ったドキュメンタリー映画『パーソナル・ソング』で紹介されている。
娘の名前さえ思い出せない老女にルイ・アームストロングの「聖者の行進」を聞かせると、一瞬にして彼女の表情に光が入り、目が輝き、「これはルイ・アームストロングの聖者の行進ね。母に内緒でコンサートに行ったことがある」と語り出し、その当時のことを鮮明に思い出すという。
音楽療法については、認知症以外にもさまざまな効能があるらしい。
もっとも、高齢化が進む先進国では、介護や高齢者福祉の施設などで生演奏を提供することも、老後のQOL(人生の質)を向上させるのに役立つだろう。
高齢者にとっては、懐メロのようなヒット曲を歌う人がいるだけで、認知症の進行を遅らせたり、高齢者の幸せな記憶を呼び覚ますなど、不自由な心身では得られない稀有な体験になるかもしれない。
⑥テクノロジーを活用して社会変革
音楽の力は、テクノロジーの発達によって、より広い範囲に波及させることができる。
パイオニアは、CSRの一環として「体感音響システム」を使った音楽会を1992年から開催している。
「より多くの人と、感動を」という企業理念の下、聴覚に障がいがある人も健聴者と一緒に音楽の素晴らしさに触れてほしいという思いから企画された。
ituneなどの音楽配信サイトが世界中にあるが、こうした配信サイトの普及も、途上国の貧困という社会的課題を解決するツールになる。
児童養護施設に勤めた後、マーケティングリサーチ会社、
貧困から立ち上がる時にも音楽は力になるし、世界へ配信できるネット環境ができたことは、音楽教育で貧困者をプロに育てることすらできるかもしれない。
2012年2月に設立されたNPO法人セブンスピリットは、半数の子どもが義務教育を終えることができないフィリピン・セブ島で、子どもたちに同年7月から音楽教育を施している。
「彼らの音楽教室に通う子どもたちの家庭の平均収入は、日本円にして一日450円ほど。
大家族文化のフィリピンでは、子どもが6~7人いることも珍しくなく、この収入で家族の生活を支えていくのは大変。
多くの家族は不法居住地での生活で、子どもたちはスラムの中でタバコ、酒、薬物、暴力、犯罪、早期妊娠、非行、児童労働、性的虐待など様々なリスクと隣り合わせの毎日。
学校で必要な文房具などを購入するために、路上で物乞い、物売りをし、通行人の哀れみを誘いながら必死に生活をしています」
(同NPOプロジェクトディレクター・野口彰英さん)
そこで、まわりの仲間とリズムや抑揚を合わせ、楽しく音楽に取り組むことで、ライフスキルを身に付けていく。
教室を始めて1年5か月の間に、同NPOは楽器を調達し、平均10歳の50人を越える子どもたちが人気ドラマ「あまちゃん」のオープニングテーマなど20曲ほど演奏できるまでになった。
台風による被災でレイテ島などから避難してきた人向けにセブ市内の体育館で慰安コンサートも行った。
「2022年に最終目標としてオペラをやりたい。ソロを歌い上げる歌手から、楽器奏者、舞台を作る人間、通訳・裏方まで、多くの人が関われるのがオペラだから」(野口さん)
⑦ブラストビート
ブラストビートは、アイルランドの社会起業家ロバート・スティーブンソンがイギリス・アメリカ・南アフリカなど世界中に広めている起業家実践プログラムだ。
10代が音楽ビジネスを実践することで、若者の無気力や非行、学校中退などの課題を解決しようというものだ。
参加者は、まず自分たちが支持するバンドを見つけ、プロデュースし、ライブを開催する。
参加者全員で模擬会社を作り、各自は社員として自分のしたい仕事を行う。
スポンサー探し、ラジオへの売り込み、広告代理店との折衝など、すべての業務を学生自身が行う。
日本ではNPO法人ブラストビートがロバートに認められているが、同じ取り組みでもっと課題解決の成果を明確に出せる仕組みを作り出す人が増えてほしいところだ。
良い音楽を発掘し、みんなで売り出せば、模擬会社をそのまま本物の芸能プロダクション(あるいは音楽制作プロダクション)として食っていける拠点を自分たちで作り出すことに希望を感じられる。
人生に絶望してクスリにはまっていた青年が、自分の大好きなカメラを使って無名のバンドを超カッコ良く撮影したポスターを作ったら、そのバンドと一緒に有名になっていくかもしれない。
デジタル音楽をネットから発掘するのが趣味のひきこもり学生が、とんでもない才能をもった日本人の10代テクノユニットを発掘し、ネット上の広報でライブ動員を支援するスキルを蓄積するかもしれない。
そのように、スタッフ自身が自分たちを生き直させた「音楽の力」を信じられるようになるのだ。
そうすれば、従来とは異なる音楽ビジネスのあり方を新たに開拓していける。
「音楽で世界を変える」とは、楽曲の魅力で人を感動させることにとどまらない。
むしろ、音楽の力を最大限に拡張する仕事をすることで、社会と自分を同時に変えること。
「世界を変える」とは、一つの色のはけで地球儀を染め上げるようなことではないのだ。
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