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■ひきこもりは人生経験であり、当事者固有の価値

 NHKのハートネットTV「もう一度自分を信じるために~ひきこもりからの挑戦~」の再放送を見た。

 幼少期のいじめや職場での挫折などの経験から社会と関われなくなった“ひきこもり”たちに舞台に立ってもらうことで社会復帰を促す芸能プロダクション「K-BOX」を紹介した内容だ。
 所属メンバーはそれぞれ、舞台で自らのコンプレックスや辛い体験を込めた歌や踊りなどを披露し、客から感謝され、拍手をもらうことで自信をつけ、再び社会へと戻っていくらしい。

 番組サイトでは、「所属したおよそ100人のうち、60人以上を進学や就労に」と書いてあった。
 確かに、「ありのままの自分を表現する場があることが社会とのつながりを断たれた人にとっていかに大切なのか」という視点は大事だ。

 この「K-BOX」を立ち上げた代表のKacco(カッコ)さんは、以前から僕の友人だ。
 Kacco(カッコ)さんが、月乃光司さん主催のイベントだけでなく、精力的にイベントで自身の生きづらさを語っていたことも知っている。
 元ひきこもりの当事者として、得意のイラストが評価されたことで社会復帰を果たせたことから、その成功体験を伝えたいと2006年に「K-BOX」を立ちあげたことにも大いに意味があることだと思う。

 番組の中で、尾崎豊の歌をギターで演奏していた「まっつん」は、4年前の2011年にライブハウス・デビューしている。
 「4年間も尾崎のコピーなのか!?」と、僕は少し驚いた。
 彼を責めるつもりはない。
 この番組を作ったNHKのディレクターや、彼のまわりにいる新潟の市民たちに、そのことの意味を考えてほしいのだ。

 番組の中で「まっつん」は、イジメを受けていた学生時代の過去を語り、働いてない境遇を自嘲し、「犬の散歩」の体裁をとらなければただの変人に思われてしまう「ひきこもり・あるある」を語っていた。
 そのこと自体が、ひきこもり当事者の固有の価値である。
 ひきこもらなければ獲得できなかった社会観であり、当事者ならではの感覚だ。

 「まっつん」は、ひきこもってきたことによって、彼にしか歌えない大事なメッセージを蓄積してきたのだ。
 その価値の大きさに番組ディレクターが気付かず、「社会復帰すればひきこもりの問題が終わる」というところで思考停止してしまっていることに、僕は驚いたのだ。


★当事者固有の価値を発見し、視聴者とシェアできる番組を

 2007年に出版された『ひきこもりの〈ゴール〉―「就労」でもなく「対人関係」でもなく』(石川良子・著/青弓社ライブラリー)のタイトルどおり、ひきこもりとは、それ自体が一つの人生経験である。

 人間の人生は、いつだってどこの国だって「人それぞれ」。
 働いてなくてもいいし、毎日寝て暮らしていても、誰にも責められることではない。

 しかし、いざ家の外で誰かと仲の良い関係を築こうとしても、そのやり方がわからなくなってしまっていて、孤立化し、相談相手も話し相手もいないまま、孤独をこじらせてしまうことについて悩んでる当事者は少なくない。

 それに、いくらネットが普及しても、「まっつん」のようにいろんな人に自分の歌を聴かせ、リアルタイムでリスナーの表情にリアクションを確かめるには、家の外に出るチャンスが必要になる。

 人肌のぬくもりや、セックスや、ケンカなどの「生々しいリアル」や「生きてる実感」も、体を使わなければ得られない。

 人並みにそうした現実を得ようと思えば、どうしても移動交通費や交際飲食費などのコストはかかってしまう。

 だからこそ、ひきこもったままでもお金を稼げる手段は必要になるし、ひきこもりという人生経験を活かした商品・サービスを生み出す必要も出てくる。

 NHKには「バリバラ」という障がい者バラエティ番組(Eテレ)もあるが、そこでは出演者たちを起用したドラマも制作されているので、当然、規定の出演料も支払われているはずだ。
 テレビ局には、そうした収益源を番組企画として作ることができる。

 それなら、ひきこもりを取材したドキュメンタリーで取材謝礼などほとんど渡さない(※制作予算が少なくて渡せない)以上、「まっつん」のような当事者たちにオリジナルの「ひきこもりソング」を発注し、披露する番組を、今回のドキュメンタリーとセットで企画して次回につなげてもよかったのではないか?

 実際、「まっつん」のように、ひきこもり経験者で歌を歌い始めている人は、全国に少なからずいる。

 元ヒキコモリストのシンガーソングライター・哲生さんは、「布団の中のアーチスト」と称し、同じようにひきこもり経験を持つ仲間を集めて昨年からライブを始めている。

 「まっつん」のいる新潟でも同じことができるだろうし、オリジナルの楽曲を増やしていけば、録音のプロの人材と組んで地元の企業や商品、まちおこしのテーマソングなどの広告の音源制作を受注することもできるかもしれない。
 あるいは、同じひきこもりに悩む親子の集まる福祉・教育系のイベントにギャラをもらって出演できるチャンスを増やせるかもしれない。

 だからこそ、こうした「布団の中のアーチスト」たちを世に知らしめ、彼らの収益増につながる番組を作ることも、テレビ局ができる社会貢献だと思う。

 テレビ出演で勢いづけば、Kaccoさんがイラストで評価されたことによって社会復帰を果たせたのと同様に、当事者にとってこの社会に自分が生きていける居場所を一つ作ったことになるじゃないか。
 そこまで考えて番組を制作できるディレクターやプロデューサに育ってほしいものだ。

 


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