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■知らない業界をいきなり法律で取り締まる恐ろしさ

 国際人権NGOヒューマン・ライツ・ナウ(HRN)は、総理などに対してアダルトビデオ強要被害で苦しんでいる若い女性や少女たちを救うために必要な法整備を一刻も早く実現して」というネット署名を始めた。
 自分が絶対にしたくない仕事を誰かに強要され、それを苦にして自殺してしまう人がいる。
 それは、アダルトビデオ業界に限らない。
 「過労自殺」という言葉で検索すれば、自発性を強要されて自殺に至った事件や裁判などの事例が多くの業界にたくさん起こっていることがわかる。


 仕事の契約を無理やりに(あるいは詐欺的に)させられたり、違法な仕事や不当な労働を強いられることを誰も望んでいないし、みんなそんな不幸を再発させない仕組みを望むだろう。
 しかし、前述のネット署名で提案されている法案の中身が、AV業界に入ってくる当事者たちにどんな影響を与えるのかについては、第三者から見ても不安を覚える。

 事実上の「AVつぶし」(=AVビジネスの違法化)になってしまうと、AV制作は、違法な風俗や一部の援助交際と同様に、警察にもメディアの目に触れられないアンダーグラウンドの闇に追いやられることになるからだ。
 違法と明言されれば、隠れてやる人が出てくるのは、いつの世も同じである。
 そうなれば、人身売買の被害者や性病のリスクなどをさらに増やし、社会の安全性がむしろ損なわれる恐れが出てくる。
 つまり、良かれと思ってやった「正義」が、結果的には誰も幸せにしない仕組みになりかねないわけだ。
 ネット署名では、以下のように書かれている。


AV出演は、職業安定法、労働者派遣法上の「有害業務」とされ、プロダクションが雇用する女優を勧誘することは職業安定法上の処罰対象となり、プロダクションが雇用する女優をメーカーに派遣して撮影に応じさせることは派遣法違反として処罰対象になります。

 僕は法律の専門家ではないので、正直、意味がわからない。
 「AV出演=有害業務」なら、アダルトビデオという商売自体が現行法では成り立たないということなのだろうか?
 ネット署名では、「AVの監督官庁の設置」を盛り込んだ法案を提案しているが、それはアダルトビデオというビジネスに一定の合法性(=同時に違法性)を明文化させようというものなのだろうか?
 いずれにせよ、この法案への支持をネット署名で集めているHRNは、なぜいきなり法律によって取り締まることを、課題解決の最優先の方法にしているのだろうか?

 HRNは、「関連業者の責任」として以下の提言をしている。

 アダルトビデオのプロダクションおよび製造、販売、流通等に関わる全ての業者は、アダルトビデオ産業がその製造プロセスにおいて人権侵害を生みやすいことを直視し、以下の対策をとるべきである
1 意に反するAVの出演強要、女性の心身の安全と健康に悪影響を及ぼす人権侵害を伴う撮影を直ちにやめること
2 人権に関するポリシーを確立し、製造プロセスにさかのぼって、人権侵害を発生させないよう相当な注意を払って監督し、人権侵害の事態を抜本的に是正すること



●なぜ人権派は解決のために法規制を最優先にするの?

 HRNが書いた前述の文章は、誰もが支持できる当たり前の内容だ。
 そうした自主規制の倫理を追求する組織として、アダルトビデオ業界には既に「一般社団法人 映像倫理機構」という法人がある(略称:映像倫)。
 その活動目的は、「会員の制作する映像著作物の倫理上の審査を行い、安全な国民生活の確保に貢献すること」(定款より)。

 アダルトビデオ業界に限らず、どんな業界でも、法令遵守をお互いに学び合い、監視し合うことで、不当な法規制で自由に商売ができなくなる恐れを払拭するために業界団体を作っている。
 アダルトビデオ業界では、それが映像倫になる。

 かつて牛肉偽装の問題が起き、牛肉の売上が急下降でダウンしたとき、酪農家から小売までの流通経路を公開するトレーサビリティが徹底され、業界団体は総力をあげて牛肉という商品の信頼の回復に努めた。
 アダルトビデオも、制作過程でどんな人間がどんな形でどこまで契約し、どのような安全性の確保の下で作られ、どういう流通過程を経て消費者に届けられるのかを公開できる仕組みを作るという解決策を検討できる余地があるはずだ。

 映像倫に、そうした具体的な提案をし、実現できる仕組みを一緒に考えるチャンスを求めてもいいのではないか?
 HRNが、「私たちの知らないAV業界の方々とは対話する余地と価値がある」と見込んでいるならば。
 せめて映像倫に対して、HRNは業界改善を働きかけたことがあるのだろうか?
 AV作品には輸出ものもあるのだから、CSRを徹底してもらう働きかけぐらいできるはず。
 だが、ネットで探しても、HRNと映像倫の接点がまったく見つからない。
 おそらくHRNは映像倫の人間とコンタクトを一度もとっていないのではないか?

 もし、そうであるなら、ネット署名を追い風に司法権力の手をいきなり借りられるようにするのは、性急すぎるように思う。
 その理由は、3つある。
① 法案の文面がAVのプロの知る実態とズレていれば、AVで起こる問題を見えなくさせる
② 一度作られた法律はなかなか修正・削除ができず、被害者が増える恐れが高まる
③ AVが事実上の違法ビジネスになれば、AVの仕事がしたい人の職業選択の自由を奪う

 法律による課題解決は、慎重に行う必要がある。
 「立法以外の方法では本当に解決できないのか?」という真摯な自問にはっきりした答えを出さないまま、いきなり「法律で取り締まればいい」と発想するのは、とても権力的かつ支配的な作法だ。
 それがむしろ人権をないがしろにしてしまう懸念は、僕だけでなく、青山薫さんも同様だ。
 青山さんは、こうおっしゃっている

「日本においては、法規制が議論されるとき、利害関係者・当事者であるセックスワーカー自身を議論のテーブルに招こう、という観点が欠けています。
 残念ながら、フェミニストの運動の中でさえも欠けています。
 これでは、セックスワーカーの人権と安全が守られるような実効性の高いルール作りは期待できない」

 なぜアダルトビデオのごく一部に強制労働という問題が起こるのか、そのメカニズムを当事者であるAV制作会社やAV女優、映像倫などから広くヒアリングしたり、公聴会を開くなどの試みをしなければ、実務的な手続きで意外とカンタンに解決できる課題さえ法規制の対象になりかねない。
(※この点では、ホワイトハンズ公開イベントに風俗経営者を招いているのは特筆に値する。その経営者が書いた『なぜ地雷専門店は成功したのか?』も一読の価値がある)

 だから、僕は「当事者不在のAV叩きは人権と生存権を奪う」というブログ記事を書いた。
 どんな業界にも、その業界ならではの悪習慣や早期解決を図るべき課題がある。
 しかし、違う業界にいては、その独自性はなかなか見えないし、門外漢の第三者が見ても、的外れな印象批評しかできないことは少なくない。
 そういう「外部の圧力」によって、仕事を奪われてきた人たちは大勢いる。

 「俺たちは笑われてるんじゃない。コミカルな演技で笑わせてるんだ」と誇りを持って仕事をしていた小人プロレスのレスラーたちも、「見世物にするなんてかわいそうじゃないか」という人権派の一方的な見立てによって、公然とした場所ではなかなか仕事ができなくなってしまった。
 そういう苦い前例に学ぶなら、HRNは自分たちのAV調査報告書が自分たちのひとりよがりな価値基準でしか評価できないことを真摯に受け止める必要があるだろう。

 こうした見方を僕がするのは、僕の仕事をしている出版・報道の業界では、2つの取材のあり方があるからだ。
 一つは、仮説の文脈を立てて、仮説に見合う材料だけを提示する取材。
 もう一つは、一般的な文脈を裏切るような現実を拾い上げ、新しい文脈を発見して伝える取材。

 HRNの仕事は、仮説を上塗りできる要素しか提示してないように、僕には読めた。
 彼らの政策が国会で通り、その法律で新たな被害者が増えてしまったら、HRNはその問題解決に責任をもつだろうか?
 それとも「想定外」で逃げるのか?
 あるいは、「政治家が決めたこと」と自分たちの言動を免責するのか?

 そういうことを真剣に考えなくても、HRNは何も困らない。
 困るのは、当事者不在のまま実効性のあやしい政策を提言することを急ぐ人たちがいたおかげで新たな被害に遭う女性たちだけだ。
 HRNに現実の深さに向き合う覚悟があるなら、自分たちの知らない文化であるアダルトビデオの業界人たちとどっぷりとつき合ってみてはどうだろうか?
 すると、イヤでも受け入れなければならない苦い現実にぶつかるはずだ。

 僕の友人のあるAV女優は、ここで書くのもはばかられるほど、とんでもない作品に出演した。
 どんな女優もやりたがらない、前代未聞のひどい内容だった。
 やれるかどうか、やっていいのかどうか、判断のしにくい企画だった。
 やれば売れると見込んだメーカーからの期待を、「強制」と言い換えることもできただろう。

 彼女は言った。
「でも、こんなこと、誰もしないと思うの。
 これをすることで、いつか私は子どもに誇れる。
 お母さんは、これでも世界一になったのよって」

 生い立ちにいろいろ深刻な事情のあった彼女は、自分の誇れる場所がAV業界にしかないと感じているようだった。
 その誇りを奪ったところで、彼女は救われただろうか?
 誰が「AVの代わり」になれただろうか?

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