僕はそう何度も本やブログで書いてきた。
いきなり政治家に制度改革をお願いしたところで、それは税金による支出をいたずらに増やすだけだからだ。
しかし、法律や制度を変えないことには、にっちもさっちもいかない問題は少なくない。
その一つが、児童虐待だろう。
児童虐待は、民間の市民自身が「子どもが親から虐待される痛み」について知らなすぎるし、関心も低い。
だから、虐待を解決する仕組みさえ制度化されず、虐待された子どもが虐待されなかった子どもと同じように人生を歩めるようにする法律すら作られていない。
もし、一般市民の間で子どもを大事にする文化を作り、民間で社会に浸透させ、親から虐待されないためのさまざまな法律を作り出そうという機運を高めることができれば、その声を政治家は無視できなくなる。
たとえば、親権者を夫婦2人だけに独占させるのではなく、必ず非血縁者を含む3人以上でシェアすることにすれば、誰かが子どもを虐待しようとしても、すぐに通報できる。
親だけが子どもを育てる苦労が、親権者が増える分だけ分担されるのだから、一人あたりの苦労は今より軽減される(←それ自体がストレス回避になり、虐待防止になる)。
さらに、子どもが親の親権を一時停止できる権利を持てたり、親をチェンジできる決定権を持てれば、自分の心身や命を危うくする大人を事件を起こす前に排除できる。
あるいは、子どもの頃に虐待されたという認識を持って20歳以上になったら、時効を問われることなく、親権者だった人に対して被虐待の損害賠償を無条件に求めることができるという法律に変えれば、親は子どもを支配・虐待したくても、できなくなるだろう。
親から虐待された人は、自分の親の介護の義務からも解放されるという法律の実現も、被虐待の経験者にとって切実な願いかもしれない。
子どもが親から一方的にただ保護監督されるだけの現行法では、父母という親権者の下で支配されるばかりで、法定代理人を立てて親に対して訴訟をおこすことすら難しく、虐待されれば泣き寝入りするか、家出するか、自殺するしかない。
だから僕は堂々と家出のすすめを公言しているが、自称「良識派」の報道関係者は聞く耳を持たない。
親から虐待されても、子どもはそれを拒否する権利すら法制度によって保証されていないのだ。
なんたって、虐待された子どもを他人がかくまえば、未成年略取(誘拐)の罪で警察沙汰にもなりかねないほど、親権者の立場が強すぎる。
しかも、子ども自身に「虐待とは何か」「家から自立するにはどうすればいいのか」を教えるチャンスすら公教育は与えていない。
はっきり言って、日本の児童福祉はめちゃくちゃだし、児童相談所も予算不足でまともに機能しているとは言いがたい。
子どもの人権にいたっては、ユニセフから被虐待児へのケアが足りないと叱られている始末だ。
これが「世界第3位の経済大国ニッポン」の暗部であり、同時に、自分たちが社会を生きやすいように決めていいんだと当たり前に考える主権者マインドが育てられない背景でもある。
では、どうする?
●「親への手紙」を政治家が読めば、被虐待児は減らせる
その答えの一つが、親から虐待された100人が書いた『日本一醜い親への手紙』だ。
この本を20年ぶりに新たに公募し、作ろうと考えたのも、この20年という長い間、「親への手紙」を子どもたちに書かせる試みが、どこの学校でもなされなかったからだ。
感謝の手紙でなくてもいい。
書かなくてもいい。
親から切実にやめてほしいことをされているなら、それを書いてもいい。
そうした(親に見せなくていい)「親への手紙」を書くことで、子どもが今、親に虐待されているかもしれない現実を浮かび上がらせることは、学校でも、塾でも、子ども関連NPOでも、子ども向け商品でメシを食う企業でも、どこでもできたはずだ。
しかし、誰もしなかった。
理由は、カンタンだ。
それをすることで、親というステークホルダー(利害関係者)を敵に回したくなかったのだ。
学校は、保護者である親を敵に回したくない。
企業は、消費者である親を敵に回したくない。
NPOは、寄付者である親を敵に回したくない。
子どもの人権より、大人の事情の方が、日本でははるかに大事にされている。
今日でも、『日本一醜い親への手紙』という本のタイトルが趣旨説明にある講演会に対して、ある自治体の教育委員会は後援の依頼を断った。
これは、とても不思議なことだ。
最新の警察庁の調査(2013年)では、殺人事件の53.5%が親族と半数を超えた。
親族間の殺人の中でも、子どもが実父母を殺害するケースが断トツ。
「被疑者と被害者との関係別 検挙件数」(内閣府、13年)を見ると、殺人858件中、実父母が被害者だったのは139件もある。
ちなみに、2016年度の1年間で虐待によって殺された子どもは 84人。
この日本では、4日に1人の割合で子どもが親に殺されている。
親子で殺し合っているわけだ。
子どもが親を殺さなければならない理由も、虐待で親に殺されるのが怖いからだ。
なのに、虐待する親を「醜い親」と呼ぶだけで、眉をひそめる人がいる。
後援を断った自治体の教委は、「親御さんの共感を得られない」と言ったそうだ。
この教委は、レイプ防止のイベントにも「レイパーさんの共感を得られない」と後援を断るのだろうか?
(※この教委については、後日、その自治体のメディアから僕が取材を受けるので、記事できっちりコメントするつもり。後援を断った担当者には、自分の判断の責任をきっちり引き受けてもらおう)
こうした現状を見ると、民間で子どもの人権を大事にする文化を作っていくだけでなく、同時に政治家に対しても児童虐待の深刻さを早めに理解してもらう必要があると切実に感じる。
今年(2017年)9月末に発売する『新編 日本一醜い親への手紙』(仮題/1800円+税/Create Medi編/dZERO刊)を先払い購入した政治家は、まだ山本太郎さん1人だけだ。
彼は10冊も購入してくれたが、たった1冊2000円(送料込み)の本を自発的に買う政治家が1人しかいない現実は、虐待され続ける子どもにとってあまりに残酷だ。
このままでは、この国にいつまでも虐待防止の施策が作られず、子どもの人権を大事にする文化もない社会を続けることになる。
そこで、一般市民のみなさんにお願いがある。
あなたの尊敬する政治家に、『新編 日本一醜い親への手紙』(仮題)を贈ってみないか?
1冊2000円をあなた自身が振り込み、先払い購入のページにある「購入フォーム」の住所欄に政治家の名前と所属政党さえ書いてくれさえすれば、編集部から直接その政治家へ本を発送する。
これなら、あなたの名前や連絡先がその政治家にバレることはない。
国会議員だけでなく、県議会・市議会・町議会の議員にも本を贈れる。
この本に収録された100人の手紙の内容のインパクトにショックを覚えた議員なら、超党派の議員連盟で児童虐待の深刻さを学び合うかもしれないし、学校で「親への手紙」を書く行事を文科省や教委に要請するかもしれない。
市長や知事に贈れば、彼らの家族がこの本を読み、市長や知事を動かして、地元の被虐待児を救う予算を議会にはかってくれるかもしれない。
議員の全員に本が行き渡らなくてもいい。
3分の1の議員がこの本を読めば、その人自身がもう1人の議員に本を手渡すだけで、3分の2になる。
そこまでくれば、虐待を予防するための施策に予算がつけられるだろう。
少子化対策としても、「子ども虐待ゼロのまち」なら、若い夫婦も安心してそのまちに移住して来れる。
だから、市や県の役人だって、地元の議員に1冊贈る価値がある。
『新編 日本一醜い親への手紙』(仮題)は、好き嫌いで購読する本ではない。
むしろ、虐待に無関心な人に渡したり、贈ったりすることで、一人でも多くの市民が「虐待をなくせる仕組み」を望む社会を作るための本だ。
自分のために購入された方も、ぜひ1冊だけでも政治家へ贈ってほしい。
とくに、あなたが住む地元の町長や市長、県知事に贈ってほしい。
政党の代表者でもいいし、総理に贈ってもいい。
なお、これと同様の仕組みで、『新編 日本一醜い親への手紙』(仮題)をあなたの共感・尊敬する著名人にも贈ることができる。
作家でも、ミュージシャンでも、弁護士でも、裁判官でも、女優でもいい。
あなたが信じる有名人を指名し、1冊贈ってほしいのだ。
彼らも、児童虐待の防止活動に動き出してくれるかもしれない。
この本の制作費400万円の達成まで、残り約140万円。
ぜひ、先払い購入や寄付で、この本の出版を支え、この国から児童虐待のなくなる日を一刻も早く引き寄せてほしい。
(※2017年12月18日に制作費を満額調達)
★追記
この本は、『日本一醜い親への手紙 そんな親なら捨てちゃえば?』という正式タイトルが決まり、既に全国の書店で発売中。
政治家など著名人に贈りたい場合は、サポート購入へ。
(※サポート購入では、10冊=2万円単位でしか買えません。1冊単位ならAmazonへ)
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