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Xで炎上した本◎出版社は取材拒否、障害当事者は質問状&出版差し止め署名 #発達障害 #障害者 #中居正広 #日本 #子育て #家族 #毒親育ち #フジテレビ #大阪万博 #SDGs



(このテキストの動画版は、コチラ

 『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』という本が、4月24日に発売されるということで、XやFacebookなどSNSが炎上している。


 本のタイトルで「困った人」として名指しされたのは主に発達障害の当事者であり、彼らを「うまく動かす」必要を感じている人向けに書かれた内容だからだ。

 僕はこのタイトルを見ただけで、「買いたくない」と思った。

 そもそも、発達障害の当事者を「困った人」として呼ぶのは、職場を「健常者が働く場所」であることを前提としているからだ。

 それは多数派を占める健常者の傲慢であり、少数派を多数派の働き方に無理やり合わせようという発想こそ、差別そのものだからだ。

 今日では、障害は個人の属性ではなく、社会の側が当事者に与えているハードルだと考えるのが当たり前になってきている。

 たとえば、生まれつき自分の足では歩けない人がいて、車いすを使っていれば、たった1センチの段差があるだけで先に進めないことがある。

 段差があってもべつに困らない健常者は、先に歩いて後ろの車いす利用者に何の悪気もなく「早く来いよ」と言うかもしれない。

 この「何の悪気もない」言動こそ、少数派に対する無自覚な差別なのだ。

 だからこそ、健常者である多数派は常に、少数派である障害者の声に関心を持たなければ、差別はいつまでも続くことになり、段差はいつまでもなくならず、車いす利用者にとって1センチの段差がハードルになってしまうのだ。

 つまり、障害とは、多数派が準備した少数派に対する差別そのものといえる。

 悪いのは、車いすを利用することではなく、車いす利用者の存在に関心を持たず、ハードルを解消しようとしない多数派の傲慢なのだ。

 だから、発達障害の当事者を「困った人」と呼んでしまう本は、健常者の働き方に合わせるのが難しいために「困っている人」から反発を生み、炎上したといえる。

 他にも、発達障害の当事者を動物のイラストで表現し、ASDの人を「異臭を出す人」、ADHDの人を「人の手柄を横取りする人」と表現するなど、完全に小ばかにしているあたり、著者と出版社は人権という概念がわからないのだろう。

 そこで、こうした差別的な本に対して、怒りの声が当事者を中心に上がっている。

 発達障害当事者協会は、本の発行元である三笠書房に対して、誤解や偏見を助長させたくないという思いから、質問状を提出した。

 日本自閉症協会は、「かかる書籍が、自閉スペクトラム症を含む障害のある人たちの人権を侵害するおそれがあることを懸念し、出版社が適切な対応をされることを期待します」という声明を公式サイトに公表した。

 まいどなニュースも三笠書房に質問状を送ったが、「対応しきれない」と取材拒否された。

 J-CASTニュースも同様に質問状を送ったが、「三笠書房と連名で何らかのコメントを出版社サイトで出したい」と回答され、そのリアクションとして公開された出版社と著者の言い分を三笠書房のサイトで読んでみてほしい。

 案の定、この出版社と著者は、人権や差別について理解が浅いというか、関心がなさそうだ。

 なお、この本については、 #神田裕子著作の出版差し止めを求めます というタグが生まれ、出版差し止めのオンライン署名が始まっている。

 初版本の出版を差し止めても、それは表現の自由を侵害することにはならない。
 出版権まで奪われるわけではないのだから。

 人権問題の専門家の監修してもらって差別表現を修正した改訂版を出せるのが出版社なので、表現の問題に出版社と著者が理解できたなら、改訂版を出せばいいだけの話だ。

(逆に、この本を担当した編集者や著者が社内で処分されず、改訂版も出さないとしたら、表現の自由を正当化できる責任を放棄したことになる)

 署名を始めた女性は、こう書いている。

 私は、精神疾患(反復性うつ病性障害)と発達障害(ADHD)の診断を受け、現在 心療内科へ通院し、投薬治療と訪問看護を受けており、精神障害者手帳2級を持っています。
 先に記した書籍に関する内容を知り、最初はいきどおりを感じたものの、徐々に空しさが心に広がり生きた心地がせず、自分は「生きていたらいけない存在」と感じ「消えたい」という気持ちになりました。(略)
 当該書籍は、差別や人権侵害にあたると思われるだけでなく、私自身が希死念慮を抱いたこともあり、この書籍が販売されることにより、社会や世間に絶望し、自ら命を絶ってしまう方もおられる可能性も危惧されます。

 この本で亡くなる方が出てきたら、出版社や著者は責任をとれるだろうか?
 断言しておくが、誰も責任などとれない。

 だからこそ、担当編集者と出版社は、表現の自由に伴う責任として、表現を吟味する必要があるのだ。

 さて、ここまで障害者差別の基礎知識について解説したが、僕自身、出版業界で書き手と編集者として35年も働いてきた経験から、今回の炎上騒動を解説してみたい。

 まず、編集者として問題にすべきだと考えるのは、本のタイトルだ。

 『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』というタイトルを、べつの分野に置き換えてみよう。


 たとえば、こんなタイトルならあなたは買うだろうか?

 『家庭の「困った子」をうまく動かす心理術』
→子どもの立場から見れば、動かされたくないよと思うのではないか?

『俺にホレない「困った女」をうまく手なづける心理術』
→女性を支配したい恐ろしい欲望に気づくはずだ

 まぁ、これまでも、モテるためのマニュアル本や、子育てマニュアル本はたくさん出版されてきたが、そもそも自分以外の誰かを自分の思い通りにしたいという欲望は、相手の尊厳に対する無関心によって肯定されるものなのだ。

 そういう本を出版すれば、出版社の品格はがた落ちするし、担当編集者は自分のキャリアを汚すことになる。
 より高い年収の出版社に転職しようにも、こんな炎上本を担当したとなれば、面接で「うちではムリです」と言われ、再就職に困るだろう。

 しかも、売れてしまえば、さらに悪い評判がはびことになる。
 だから、賢い出版社や編集者は、そういう新刊企画を会議で通さないのだ。

 では、なぜ今回こんな炎上案件でも本を出すのか?

 そのヒントは、この本の帯に書かれている。
「なぜ、いつも私があの人の尻拭いをさせられるのか?」

 これは、職場で障害者の社員に「困っている」と感じている健常者側からの一方的な考えだ。

 障害者の業務上の困難をかばってやることは「尻拭い」だとハッキリ書いてある。
 これは、車いす利用者に対して、「段差なんか知らねぇよ。とにかく早く来い!」と言っているのと同じだ。

 Amazonに出ている本の内容紹介には、こんな文章が堂々と書かれている。


 この中で僕が注目したのは、次のフレーズだ。

 多くの「真面目ないい人」を苦しませる、職場の「困った人」たち

 この本の著者は、発達障害の当事者が職場を困らせていると認識している。
 つまり、障害を作っているのは、障害者自身だという認識なのだ。

 これは、人権感覚が何周も遅れていると言わざるを得ない。
 しかも、多くの「真面目ないい人」を、障害者に苦しめられている被害者だ、と言ってるかのような書き方だ。

 しかし、担当編集者が冷静に考えたのなら、多くの「真面目ないい人」こそが、障害者を差別してはいないかと疑問に感じるはずだ。

 それどころか、多くの「真面目ないい人」の方が、障害者よりはるかに深刻な問題を起こしてきたことに思い当たらなかったのだろうか?

 たとえば、違法な行為である公文書改ざんを上司から命令され、実行してしまった人は、一人でお亡くなりになってしまった。

 たとえば、視聴率のとれる中居正広に女性社員をあてがった男性社員は、社内で人物が特定され、出社拒否することになった。

 他にも例を挙げればきりがないが、彼らは決して特別な変人ではないし、少数派でもない。

 職務に忠実なだけで、上からの命令を伝達する「歯車」のような働き方を受け入れただけだ。

 上司や勤務先からの業務命令なら、それがどんなに違法で、道徳的でない悪いことでも、自分の生活を守るためにやってしまうのが、多くの「真面目ないい人」ではないか?

 ホロコーストの計画者であるアドルフ・アイヒマンを「凡庸な悪」と、ハンナ・アーレントは呼んだ。

 フジテレビで女性社員を中居にあてがった社員だけが悪いのではなく、その部下たちも、経営者たちも、誰も女性社員を守らなかった。

 自分自身や同僚の人権を守ることより、勤務先にとって都合の良い「真面目でいい人」なることこそが、日本では理想の労働者なのだ。

 今回の本の著者や出版社だけでなく、日本の企業の人権意識そのものがアップデートされていない。

 逆に、上司の命令でも納得できないことはやらない人は「不真面目な悪い人」として出世から外されるのが、日本の組織ではないか?

 そうした大きな悪に対しては「困った人」と言わず、少数派の障害者を「困った人」と呼ぶなんて、結局は悪人の味方にすぎないのだ。

 ちなみに、発達障害の当事者がフジテレビの社員になっても、女性社員を接待に導くような巧妙な段取りは難しいので、できないかもしれない。

 もちろん、発達障害の当事者が編成局長のような偉い立場を任せられることなど、ほとんどありえないと言っていい。

 ここまで考えれば、「困った人」と言えるのは、障害当事者ではなく、むしろ健常者の「真面目ないい人」といえる。

 勤務先にとって都合の良い人だけが出世する現実がある以上、今回の本の著者はそうした多数派である健常者を味方にして、売れたかったのかもしれない。

 しかし、いくら出版業界が不況とはいえ、ヘイト本扱いされかねない本を出版すれば、出版社と担当編集者の社会的信頼や品格は、ダダ下がりするだけであり、それは読者やベストセラーの著者からも見放されることを意味する。

 雑誌の業界でも、企画力が衰えて、読者のニーズを読めなくなると、女性の裸を乗せるページが増える。それは廃刊間近のサインだ。

 日本における不買運動は、表面化しないまま、ひたひたと売れ行きが落ちていくものなので、突然、廃刊が発表されたり、出版社が倒産したりする。

 発達障害について本を書くなら、発達障害の当事者から反発されるような内容では、読者を増やせない。

 同じような内容で当事者も、当事者の周辺にいる人も満足できる本は、既に山ほど出版されているし、炎上もしてないので、発達障害の雇用に関心のある方は、べつの本を買えばいいだけだ。

 当事者から反発される本は、そもそも商品として成立しないので、スルー案件にしてもいいぐらいだが、個人の尊厳を傷つけられたと感じた当事者たちの反発は続くだろう。

 いずれにせよ、今回の炎上騒動のように、少数派の声を聞かない多数派による差別は、日本社会のどこにでもある。

 とくに、子ども差別は、差別されるのが子どもであるために、多数派の大人たちによって一方的に子ども自身の声が消されがちだ。

 差別は、自分と他人との違いについての無関心から起こるので、「差別意識はない」と言ってしまえる人ほど、差別しているのだ。

 「私は私以外の人のことがわからない」と思える謙虚さがないと、無自覚な差別が生まれる。

 あなたも、次のような声を聞いて育ってこなかっただろうか?

「わからないのは、おまえが未熟だからだ」
「大人になればわかる。早く大人になれ」
「聞き分けの良い子になってくれよ」

 このように日本の子どもは、あまりにも当たり前に差別されてきたので、「幼い自分が悪いんだ」と思い込まされ、自分が不当な扱いを受けてきた自覚が乏しいまま大人になってしまう。

 そして、また子どもを下に見る文化が続けられる。

 この差別の再生産を止めるには、子どもの頃に大人に言われてイヤだったことを思い出す必要がある。

 そこで、あなたに尋ねたい。

 あなたが、親や教師、あるいは上司や先輩などの年上の人から言われて傷ついたり、イヤだと感じた言葉は何?

 あなたのアイデアを、ぜひ動画のチャット欄やコメント欄に書いてほしい。




(※スマホで生配信を見る方は、動画をクリックし、上部に表示される動画タイトルをクリックすると、右側の下の方に概要欄が現れます。
 拡散用に大きな画像を使いたい方も、概要欄を。この記事の冒頭の画像を使ってもOK)

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