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文部科学省は4月24日、性暴力から子どもを守る「教員による児童生徒性暴力防止法」に関する基本指針を改定し、学校内での盗撮防止対策を明記した。
これを毎日新聞が報道している。
加害行為をした教員について「原則として懲戒免職」としていた従来の指針から、「原則として」を削除したのだそうだ。
「原則として」という言葉がついたままれなら、「例外として」懲戒処分をまぬがれる加害教師が生まれる恐れがあるからだろう。
何しろ、懲戒免職とは、公務員が重大な規則違反や犯罪行為を行った際に受ける、最も重い制裁的処分であり、民間企業でいえば「懲戒解雇」に相当する。
即時解雇されるため、たいていの場合、退職金が全額または一部が支給されず、社会的信用も著しく低下するという処分なのだ。
未成年の児童・生徒に対して性暴力をふるったなら、当然の結果のように思われるが、これまでは「原則として」という言葉があったので、例外的に懲戒免職にならない事案もあったのだろう。
児童や生徒を性的に見る教師が学校からいなくなることは、毎日その教師の存在におびえなくていい安心感を生む。
教室の物置にカメラを仕掛けて、着替えをする子どもたちの姿を盗撮するような教師や、学校の外へ連れ出して秘密の行為を強制する教師がいる学校では、安心して勉強も通学もできなくなる。
だから、学校から問題ある教師を排除するのは適切な処置といえるが、子どもに危害を加える大人は教師だけではない。
子どもに一番近い大人は、親だ。
しかも、子どもに対する虐待の加害者のトップは、父親であり、母親だ。
それでも、親が子どもに対して教師と同じ性暴力を行っても、親が逮捕されて家庭にいられなくなる事態にまで発展するのはまれだ。
しかも、家の中で親がやらかした性暴力を、子どもが家の外の人間に訴えても、親が親権者をやめてくれるわけでもないので、当たり前のように家にい続けることができる。
なぜ教師なら免職されて学校を追い出されるのに、親が子どもに性暴力をふるっても、それが家の外へ知られることになっても、親子関係を断つことができないのか?
これは、こども家庭庁と有権者である大人に突きつけられた深刻な問いかけだろう。
家庭での性暴力は、子どもが学校の教師に相談して児童相談所に保護されるか、裁判に訴えて親がどんな性暴力を行ったのかについて具体的かつ明白に人前で語らなければ、発覚しない。
性に目覚める前は、自分にされている被害を自覚するのが難しいし、思春期になれば、性被害を訴えるのが恥ずかしく感じたり、将来の恋愛や結婚に影響するかもしれないと不安を覚えるため、誰にも言えないまま大人になる人も珍しくない。
しかも、18歳未満の子どもには選挙権がないので、自分を守るための法律を作る権利さえない。
大人が子どもを大事に思うなら、子どもを親から守る法律を作ろうとするはずだが、そんな大人はほとんどいない。
法律で守られない以上、自分で自分の身を守るしかない。
だから、自分に危害を加えた親を殺したり、家出したりして、なんとか必死で生き残ろうとした子どももいる。
子どもが自分の意思で親権者を変更・排除・追加できる権利を法律で守らない以上、子どもは親から性暴力を受けてもガマンを続けるしかないのだ。
そもそも、親子関係は「育てる」「育てられる」という役割の関係でしかない。
親として適切な役割を果たせるなら誰でもいいし、取り換え可能な存在なのだ。
親子関係に特別に強い結びつきがあるかのような盲信が、家父長制を信じ込ませてきたが、それは家の財産を長男にだけ相続させるための口実にすぎなかった。
現実には、親がいないまま育った子どももいれば、養子にもらわれていった子どももいる。
適切に育てられれば、親権者は誰でもいいし、血がつながっている必要もないのだ。
しかし、選挙権を持つのは18歳以上の大人だけなので、「子どもにとって親は誰でもいいし、親はいつでも取り換え可能な存在だ」という考えを有権者の前で明言することは、政治家には言いにくい。
それを言ってしまえば、子育て中の親の票をあきらめるしかなくなり、選挙で当選しなくなるからだ。
親にとって子どもは、自分の家庭にもたらされた特別な存在であり、生んで育てる自分たちこそが唯一無二の親であり、他に親はいないと考えたい人は多いだろう。
日本社会では親が子どもに依存し、子どもを自分たちにとって都合の良い存在にしたがっている。
だから、子どもが親の自分の意にそぐわないと「かわいくない」と感じ、自分に従わない可愛くない存在に権利を与えようとは考えない。
その結果、親が子どもを殺す事件が連日テレビで報道されて大きな話題になっても、こども家庭庁は何のコメントもしないし、新聞記者も担当大臣に記者会見でコメントを求めない。
親の子育て責任に関する法律的な改正や、子どもの権利として親をいつでも自由にチェンジできるようにする法改正も、議論されない。
自分の身を守る権利さえ行使できない存在を、人は「奴隷」という。
民法改正によって、ようやく子どもは親の奴隷ではなくなったのに、性暴力をする親を家から追い出す権利すら持てないなんて、日本はいつまで「子ども差別」を続けるのだろう。
京都で父親に殺された小学生と同じ学校の保護者は、こうコメントしていた。
「結希くんが学校でお父さんから暴力を受けているということをポロッと話していたというのは聞いたことがあった。結希くんは友達の前で父親に殴られていた。子どもが心配して結希くんに聞くと、『家のことは聞かんで…』と言っていた」
なぜ、子どもが「チェンジ!」と言っただけで、親を親権者からおろし、家の外へ追い出すことができないんだろう?
子どもの権利として、自分に危害を加える大人との同居を解消できるようにするには、義務教育9年間で徹底的に自分の権利の限界を教える必要があるだろう。
児童相談所の一時保護所や里親の家、児童養護施設に入るという選択肢しか選べないなんて、おかしいと思わないか?
あなたなら、家を飛び出した場合、どこで暮らしたい?
あるいは、子どもが親を家から追い出せる権利を法律で保証できた場合、賛成する?
