2023年9月にジャニーズ事務所が、ジャニー喜多川による犯罪を認めてから1年が経った。
それ以来、被害申告者は1000人を突破し、今なお増え続け、BBCの報道によって世界中の話題にまで広がった。
そこまで国際的な話題に広がったのは、1人の加害者による被害者数の多さによって、ジャニーズ問題が「人類史上最悪の性犯罪」だったからだ。
そこで、NHKスペシャルでは、ジャニー喜多川の生い立ちを取材し、ジャニー喜多川の犯罪には姉のメリーによる隠ぺいがあったことを報道した。
しかし、ここまで深刻な事実が明らかになっても、旧ジャニーズタレントはもちろん、彼らに楽曲提供することでジャニーズ事務所に利益を与えてきたソングライターも電通もテレビ局も、犯罪に加担したことについて沈黙を続けている。
なぜ彼らは沈黙を続けるのか、それを考えてみたい。
当たり前だが、芸能とはビジネスだ。
アイドル事務所を立ち上げた時点では、社長自身がトップセールスでタレントを売り込む時間と体力、金を使わないと、稼げない。
逆に言えば、タレントががんばって人気者になれば、事務所に莫大な金が入る。
才能あるソングライターが楽曲を提供すれば、やはり事務所に莫大な利益が入る。
電通がコマーシャルにタレントを出演させれば、事務所に莫大な利益が入るし、テレビ局が連続ドラマやレギュラー番組にタレントを出演させれば、事務所に莫大な利益が入る。
ファンが推し活をし、SNSで推しの魅力を広めれば、やはり事務所に莫大な金が入るようになる。
それが性犯罪を経済的に支援することになるのを知りながらの未必の故意であろうと、ファンが差し出す金の多くは、アイドル以上に事務所に入るのだ。
そして、事務所が莫大な利益を積み上げれば、社長には時間と金の余裕が生まれ、タレントや利害関係者を金で黙らせられるだけの支配力と権力を持つことになる。
つまり、「あんたの出版社がうちの事務所の批判をする雑誌記事を書くなら、あんたの出版社からうちのタレントのカレンダーや写真集は出版させないぞ」とおどせるようになるわけだ。
もちろん、ジャニーズ事務所以外の男性アイドルグループがテレビに出ようものなら、「あの人たちを出すならうちのアイドルグループは出せないわ」とおどし、男性アイドルグループという市場を独占することもできた。
こうして、雑誌を発行する出版社やテレビ局の多くが、ジャニーズ事務所の犯罪を深く掘り下げることが、長らくできなかった。
出版社もテレビ局も、人気タレントで稼ぎたい以上、沈黙せざるを得なかったのだ。
もっとも、沈黙を余儀なくされた事情には、経済的な支配以上に、さらに深刻なものがある。
ここで、大阪地検のトップの上司から性被害を受けた女性検事の声を拾ってみたい。
彼女は、飲み会で泥酔状態だったため、上司によってタクシーに押し込まれ、その男の自宅に連れ込まれた挙句、拒否できない状態で全裸にされ、セックスを強要された。
彼女は、裁判で、このように陳述した。
「上司は『これでお前も俺の女だ』と言って性交し、被害者は抵抗すれば殺されるという恐怖を感じた」
だから、彼女は6年間も、裁判にかけることができなかった。その理由を、記者会見では次のように語った。
「(上司から)『(被害を)公にされたら死ぬ。検察が機能しなくなり、検察職員に迷惑がかかる』と脅され、口止めをされ、懸命に仕事をしている職員に迷惑をかけられない、検察を守らなければならないと思い、私は被害申告できませんでした」
事件の翌日、彼女は被害について夫にも言えず、子どもを抱きしめながら泣きながら寝たという。
この事件について被害者も加害者も沈黙を余儀なくされた事情は、ジャニーズ問題にも大いに当てはまる。
ジャニーズ問題は、初代ジャニーズを売り出す1960年代前半の時点で、タレントに対する性被害の裁判で既に明らかになっていた。
これは1965年当時、『週刊サンケイ』という雑誌が、アマチュア時代のジャニーズタレント(後に「ジャニーズ」としてデビューするタレント)がダンスを習っていた芸能学校が、ジャニー氏に授業料や損害賠償などの支払いを求めた裁判について報道している。
その記事によれば、裁判で芸能学校の代表は、生徒から「ジャニー氏が、変なことをしたんです」と“みだらな行為”について聞いたと証言していた。
しかし、2年後の1967年、初代「ジャニーズ」のメンバーたちは、ジャニー氏の性加害を否定し、「覚えていない」などと証言したため、東京地裁は「証拠がない」として性加害を認定しなかった。
ところが、NHKスペシャルによると、その初代ジャニーズの一人だった中谷良さんは、20年後の80年代に「ジャニーズの逆襲」という本を書き、裁判についてこう紹介したという。
「事前に答弁の言葉は決められていました。今だからこそ言える、いや、言わなくてはならない。私は裁判で嘘の証言をしてしまいました」
この裁判に証人として出廷し、自分も被害を受けそうになったという秋本勇蔵さんは、NHKスペシャルでこう語った。
「ジャニーさんについていけば、有名になれるんだという風潮があったみたいですから。訴えたって取り上げられないし、ただ問題になるだけで……」
そもそも初代ジャニーズは、ジャニー喜多川が少年野球チームとして集めたメンバーから選んだグループだ。
つまり、ジャニー喜多川は最初から、性加害をいつでもできる「少年たちのハーレム」を作るために、自分が支配者になれる芸能ビジネスという牧場を作ったようなものだ。
「ジャニーさんについていけば、有名になれるんだという風潮」だって、ジャニー喜多川自身が少年たちを支配するために作ったのかもしれない。
もちろん、初めて芸能界に進出する当時のジャニー喜多川には、タレントを人気者に売り出した実績はないし、どんなタレントにも売れる保証なんてない。
実際、ジャニーズ事務所に所属したアイドルやグループの中にも、いくら金を投資しても売れなかったグループはいる。
それでも、世間を知らない子ども相手なら、「ジャニーさんについていけば、有名になれる」と信じ込ませることができる。
そうなると、少年たちは不安を持ちながらも、ジャニー喜多川に従うしかなかっただろう。
そこで、子どもたちをさらに強く手なづけるには、公にはできない秘密を子どもたちとの間に作ることによって、心理的に縛り上げる必要が出てくる。
それこそが、ジャニー喜多川の性的嗜癖異常である小児性愛を実現させるのに都合の良い経営戦略であり、趣味と実益を兼ねた性加害を、ビジネスとして成り立たせていたのではないか?
公にできない秘密を作り、「秘密を破ると他のメンバーや家族にまで迷惑がかかるぞ」と吹き込まれれば、被害を受けた少年たちは、大阪地検の女性被害者がそうだったように、黙るしかない。
ちなみに、被害者に嫌がらせをしたり、「俺に従うならおまえは確実に売れる」とか「秘密をもらせば大勢の人が迷惑する」などわざと誤った情報を吹き込んで、被害者に自分の認識を疑わせ、正常な判断力を奪い、強い相手に依存するように仕向ける手法を、「ガスライティング」という。
ジャニー喜多川の被害者や、噂を聞いた傍観者のタレントが、被害を事務所自身が公に認めた後でも沈黙を続けるのは、長い間、現実認識をゆがめられ、正常な判断力を奪われてきたからなのだ。
こうしたガスライティングの悪影響は、旧ジャニーズ事務所で働いたタレントだけではなく、事務所の社員やファン、取引先のテレビ局社員や、広告の仕事を提供した電通社員、楽曲を提供した才能ある作詞家・作曲家や、映画に起用した監督たちにまで及んでいる。
なぜか?
被害当事者の少年たちが、仕事現場でいつも笑顔でいれば、周囲の人は事の深刻さに気づきにくいからだ。
しかし、NHKスペシャルで、200回以上も被害を受けたと告白した元ジャニーズジュニアの大島幸広さんは、14歳当時に雑誌に載った自分の写真を見て「目が死んでるしょ」と言った。
それでも大島さんは当時、人に会えば笑顔だったとも証言した。
実は、つらいことがある人ほど、周囲の人や家族に心配されないよう、笑顔を見せることはよくあることだ。
しかも、アイドルの仕事自体が、笑顔を見せることだ。
仕事を得る代わりに200回以上も被害を受けてしまうと、被害を受けることが日常的な仕事となり、それがおかしなことだという認識を持てなくなる。
べつに好きでもない仕事でも、続けていくうちに慣れてくると、その変な日常をいつのまにか受け入れてしまうことは、誰にでもあることだ。
そこで、ガスライティングによって力のある者から正常な判断力を失うように育てられてしまうと、不眠やうつ病、PTSDなどの診断が下されない限り、自分の被害の深刻さから目をそらし続けることになる。
実際、つらい過去を持つ人は、つらい記憶を脳の奥底に閉じ込めておかないと、フラッシュバックで生活が立ち行かなくなることがある。
だから、被害の自己認知が数十年後になることも珍しくないのだ。
被害当事者が被害の自己認知に年月がかかり、いつまでもガスライティングによるグルーミングの餌食になっていることがわかれば、旧ジャニタレのほとんどが沈黙を続けていることも、うなづけるだろう。
彼らはまだ「秘密を公にすればファンが離れて芸能の仕事ができなくなるぞ」と脅された恐怖にとらわれているのだ。
もちろん、被害を表ざたにしても、芸能の仕事ができなくなるわけじゃない。
実名・顔出しで被害を告白した人たちですら、芸能の仕事を続けて、それなりに稼いでいる人もいる。
むしろ大事なことは、被害当事者が仕事で見せる笑顔を見て、噂レベルではジャニー喜多川の犯罪を聞いていても、その深刻さについて関心を深めなかった傍観者たちにこそ、大きな罪があるという点だ。
身の下の話は、噂を知った傍観者も、なかなか事実の深刻さゆえに「あの噂ってほんと?」とは尋ねにくい。
しかし、残念なことだが、人権意識が低い日本社会では、加害者や傍観者として事実を正面から見据える勇気がない人が圧倒的に多数なのだ。
被害者ですらつらくて忘れたい過去なのだから、自分の加害者性や傍観者としての無関心を認めたくないのが、加害や傍観の当事者としての本音だろう。
そして、その本音にこそ、その人の本性や品性が現れる。
ジャニーズ問題と聞いて、多くの人はジャニー喜多川と元スタッフ2名の3人の加害者だけを思い浮かべるかもしれないが、1000人を越える被害規模を支えてきたのは、加害者だけでなく、噂を聞いても何もしなかった傍観者たちなのだ。
音楽プロデューサの松尾潔さんは、2023年9月の時点で、「ジャニーズ出版から支払われる印税を、全額子どもの人権向上に尽くす団体への寄付とする」とX(旧twitter)に投稿した。
その松尾さんは、日刊ゲンダイに次のように書いている。
「ジャニー喜多川ひとりを過剰に悪魔化して属人的問題に帰することは、巨大な性犯罪の矮小化につながる。(中略)
モンスターは死んでもう消えたから今後は安穏な日々が続く、なんて誰にも言えないはずだ。
罪を犯した個人を裁くのは当然だが、その悪辣なふるまいを許したり助長したりしたのは〈構造〉なのだ。それを変えないことには、エンタメにもこの国にも未来はない」
この「構造」の中には、旧ジャニーズ事務所に所属していたアイドルや彼らのファン、アイドルに楽曲を提供した作詞家や作曲家、出演をオファーしたテレビ局や電通の社員などがいて、彼らこそがジャニーズ社長の性加害を経済的に支えてきたのだ。
そして、どこの新聞やテレビも取り上げないが、噂を知っても傍観者を装い続けてきた一番罪深い存在は、未成年の子どもの契約代行者だった親たちだ。
彼らは、どんな噂があろうと、「自分の子どもだけは被害に遭っていないはず」と盲信し、ジャニーズ事務所に対して保護者会として公の場で質問する機会を作らなかった。
未成年は自分の自由意思で契約から降りることができず、親が許可しない限り、どんな被害を受けても仕事を続けなければならないのに、事実を徹底的に解明することで子どもの心身を守るという親としての法的責任を放棄してきたのだ。
もちろん、真実を知ることはつらい。
実際、ジャニーズJr.の息子から被害を聞いて、一人でお亡くなりになった母親も過去にいたぐらいだ。
それでも、自分の大事な子どもの心身を守りたいのか、あるいはどんなに被害を受けても年収1億円の人気アイドルになれればOKなのかを選べるのは、契約代行者の親だけだ。
子ども自身は、契約から逃げられないのだから。
だからこそ、被害の噂を聞いた人が何をするかしないか次第で、その人の本性や品性が現れてしまうことを強調しておきたい。
さらに、ジャニーズ問題や大阪地検の事件が浮き彫りにしたのは、男社会における支配の構造だ。
ジャニー喜多川は幼少期に、なじめなかったアメリカでの暮らしを親に強制され、親に支配される抑圧に耐えていた。
支配される抑圧から逃れたくて、支配する側に回って安心したいという欲望は、男性に特有な「病んだジェンダー」といえる。
そこで描かれているのも、「強権的な父親に支配される抑圧から逃れたくて、父親よりも誰よりも強い権力を持つ支配者になりたい」と望む欲望だ。
同じように支配される抑圧を受けても、女性の場合は、支配者と距離を置こうとしたり、上手に懐柔して表面的な平和を保とうとしたり、コミュニケーションでの解決を試みる。
しかし、男性ジェンダーの場合、「支配されたくないから支配する側に回ればいい」と思考停止してしまうのだ。
女性検事に加害した男も、大阪地検のトップという支配者側になってから、事件を起こした。
この男も、「トップになった俺には、もう指図する奴はいない」と支配欲にかられてしまったのだろう。
だからこの男は、自宅に被害女性を連れ込んだ後に、「これでお前も俺の女だ」という言葉を吐いたのだ。
この大阪地検トップだった男は、女を支配者になった自分の所有物として認識していた。
自分より弱い存在を所有物として扱う存在が生まれるのは、日本の親子関係に由来する。
日本社会では、未成年の子どもは、実質的に親の奴隷であり、所有物であることを、民法が保証している。
民法 第818条第1項には、こう書かれているのだ。
こんな民法は、「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」という日本国憲法第二十二条に明らかに違反している。
しかし、法律に詳しい弁護士や裁判官は、民法改正に動く気配がない。
もちろん、ほとんどの国民も、子どもの人権なんて無関心だ。
(※関心ある方は、僕が毎月連載している朝日新聞SDGs ACTION!の記事を読んでほしい)
学校の教室なら、いじめっ子と付き合うことを避けられるのに、家に帰れば、つき合うことを拒否できない親がいて、毎日苦しめられている子どもたちがいる。
なのに、大人が誰も動かない。
それに疑問を覚えない日本社会で、ジャニー喜多川のような子どもを平気で傷つける小児性愛者がいても、みんなが無関心になるのは当然かもしれない。
その無関心こそが「子ども差別」そのものであり、「子ども差別」があまりにも当たり前に受け入れられている以上、ジャニーズと同じ問題は、芸能界だけでなく、どんな業界にも発生しているのに発覚しないまま、子どもたちは沈黙を続けるしかないのだ。
この冷酷な現実を大人が放置している以上、子どもは自分の人権を大事にする方法を学べず、服従以外のコミュニケーションがわからないまま、恋愛や結婚の意欲も失う世代が延々と続き、少子化を止められないまま人口減が進み続け、日本国はやがて世界地図から消えるだろう。
それでも、子どもたちに罪はない。
だからこそ僕は、むなしさを感じながらも、次世代を生きる子どもたちに本当のことを伝えていこうと思うのだ。
新しい時代は、いつだって新しい世代が作っていくのだから。