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今回は、あるドラマから考えたことを話してみよう。
最初にこの記事を読んでみたい。
この記事を読んで、僕はNetflixで『タツキ先生は甘すぎる!』というドラマを立て続けに見た。
確かに、子どもがしたいことをするを許す場所として、フリースクールの存在を伝えるのは悪くない。
ドラマの内容も、「ムリして学校に通う必要はない」というもので、想定内の範囲ではあったが、初めてフリースクールがメインの舞台として描かれる作品として、それなりに興味深く見れたとも思う。
学校に行かないことで低い成績がますます下がり、将来のことを不安に感じるより、今自分が楽しいことを素直にやろうと言える大人が、ドラマではやさしい人として描かれる。
親や教師は、どうしても将来のことを考えて、今楽しいことを先送りさせたがるから、このドラマを見て共感する子どもたちも少なくないだろう。
でも、「やりたいことをやり、したくないことはしなくてもいい」という生活のままで、今の自分がこれからも幸せを感じて生きていける自信を持てるだろうか?
現実のフリースクールを見ると、日本全国で約35万人の小中学生が不登校になっている。
1年間で30日以上欠席したら「不登校」とみなされるわけだが、35万人という規模は一つの市(町)に相当する多さだ。
小中学生で不登校をしても、その85%以上が通信制や単位制を含む高校へ進学している。
高校へ進学すれば、大学に進学する子も出てくるが、日本では高校から大学・短大へ進学するのは2025年度の実績で約62.3%(文科省の発表)。
この数字は、高校生の6割しか大学生になれないことを示している。
なぜなら、既に日本では「大学全入時代」に入ったからだ。
大学に入れる枠より、実際に入学した学生の数が少ないわけだ。
大学全入時代とは、「どんな大学でもいいなら入れる」という意味であり、言い換えれば、「底辺の偏差値の大学なら学費さえ出せば入れる」ってことだ。
しかし、中学生代まで不登校を続け、高校に進学できても、大学に入れるのは高校生の6割という現実は変わらない。
少子化で日本人の学生が減り続け、外国人の学生で定員割れを防いでいる以上、大学の数も募集定員枠も増える見込みはない。
では、大学に入れない「残り4割」の高校生、しかも高卒者の人生はどうなるだろうか?
企業や役所などに雇われている限り、生活保護の受給費に近い最底辺の所得のまま、60歳を迎えるので、年金も少なく、再就職も難しくなる。
雇われて賃金をもらう暮らしを続ける限り、一生貧乏の人生を運命づけられてしまうのだ。
それで納得できる人であれば、問題ない。
しかし、子どもはそうした学歴別の賃金が大卒と高卒で大きく違うことを知らないし、学校ではそもそも雇われて賃金をもらう形の労働しか教えていない。
これでは、偏差値の高い大学に行った奴が、官僚になったり、大企業に入って、自分の子どもを優秀な大学に行かせるようになる。
逆に言えば、偏差値の低い高校に行った奴は、いつまでも勝ち組になれずに、低収入の労働に甘んじて、自分の子どもまで一生貧乏の暮らしへと導くことになるのだ。
だから、不登校になったからといって、「やりたいことをやって、したくないことはしなくていい」という生活にすればいいわけではない。
ドラマ『タツキ先生は甘すぎる!』では、残酷な現実を伝える必要がある。
それは、学校の役割が、学業成績で生徒たちを競わせてランキングを作り、上位1%の優秀な子どもを官僚にしたり、大企業に入れて、社会の仕組みを作る人材を担保するためにあるってこと。
それを逆に言えば、偏差値50未満の子どもや障害を持っている子どもは、死ぬまで低賃金労働を担当しろってことだ。
勉強のできない子どもは、貧しい生活でも構わないということなのだ。
そのように国の政策として、「偏差値50」未満の子どもは一生貧乏の人生へと導かれてきた。
それでも、東京大学の卒業生が過半数を占める官僚の世界や、偏差値70以上が管理職になる大企業の世界では、偏差値50未満を貧乏から助け出せる仕組みを作ろうとはしない。
戦後、東京大学を目指す子どもの家庭の多くは富裕層であり、富裕層は幼稚園の入学時点から教育投資ができるだけの金を持っている。
国立や私立の小中高に通う彼らの友人は、ほとんどが富裕層なのだから、貧しい人の苦しさを思いやるチャンスなど、ほとんどないだろう。
家に金がない子どもが、金に困らない人生を目指すなら、勉強以外のスポーツや芸能の世界で一か八かの賭けに出る場合もある。
だが、努力だけでなく、運も結果を左右するのが、スポーツや芸能の世界だろう。
それに気づけば、フリースクールの役割は、子どもにやりたいことを自覚してもらうまでひたすら待つだけでないとわかるだろう。
不登校というハンデを持つと、高卒止まりでは、低い賃金でしか雇われないのだから、むしろ若い時に、自分のやりたい仕事を自分で作れるようになるための学びを提供する必要があるのだ。
フリースクールの運営自体も大変らしくて、入学金が5~10万円に月謝が3~4万円、その他に教材費などがあり、利用料がここまで高いと、貧しい家庭の子は通えない。
これからのフリースクールは、子ども自身が自分の仕事を作り出して稼げる学びを提供することで、不登校を経験しても大人になってから困らないで済む場所になってほしい。
子どもが学ぶのは、学校であれ、フリースクールであれ、最終的には収入アップのためなのだから、小中学生時代に自分の仕事を自分で作れるようになるための学びを得れば、フリースクールの利用料を子ども自身が負担できるようにもなる。
小中学生の起業家たちが続々と地方の新聞やテレビで取材されている昨今の日本を見ると、親に金があるかないかで子どもの人生が決まるような時代はいずれ終わる。
年金だけの生活が苦しい60代以降の高齢者でも、自分で自分の仕事を作り出す起業が注目され始めているが、本当は高齢者と孫が一緒になって金を稼ぐ仕組みを作れるといい。
もはや、従来の学校は頼れない。自分に必要な学びを、自分から求める時代なのだ。
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