ヤマハ発動機の社長の娘が逮捕された事件。
この事件の報道について、多くの誤解とミスリードがXで見られた。
報道された内容をどう読むかは、読む人のリテラシーが問われる。そこで、9月20日の時点で、この事件の事実の経緯を振り返ってみよう。
●9月15日(日)夕方未明
静岡県磐田市に住む女性から、警察へ110番通報があった。
その内容の詳細は、その時点で報道されていない。
●同日(日)午後11時3分
「ash」を名乗るXのアカウントに、以下のようなポストが公開された。
だから、この事件で逮捕されることになる娘の書き込みだと断言していい。
事件のことをこの人しか知らないのだから。
ちなみに、この日の夕方から深夜にかけて、パトカーが女性の住むマンション付近をうろうろしているところを、近隣住民が指摘している。
地元警察の磐田署の警察官が、「馬乗りになってビンタされた」ことを親子喧嘩だと軽く考え、民事不介入の原則に従って放置したことは、明らかだ。
警察は刑事事件の捜査機関であるため、民事不介入は当たり前。
だが、殺人事件の半分が親族間で起きているという基礎知識を警察白書で学んでいるなら、男が女性を6発も殴っていたと知った時点で、男を容疑者として警察署に連行し、取り調べをするのが通常業務のはずだ。
では、なぜ容疑者である男を逮捕しなかったのか?
一つには、親子間や夫婦間のトラブルなら「民事」だと考えるよう警察署内で指導されていた点があげられる。
二つめに、男と女では、男の方が圧倒的に腕力が強いため、喧嘩ではなく、一方的な暴力なのに、暴行罪や傷害罪の容疑をかけるのに十分だと考えていなかった点だ。
三つ目に、暴力をふるっていた人物がヤマハ発動機の社長であることを、地元警察なら知っていた点だ。
企業城下町の市町村では、その企業から上がる法人税で行政の仕事が成り立っており、その企業に関連する商売で飯を食っている市民も多い。
その企業のトップを逮捕し、警察に連行すれば、自分の上司である警察署長の進退問題に発展しかねない。
だから、よほどのことが起こらない限り、放置せざるを得ず、現場警察官は「穏便に済ませよう」としたのかもしれない。
しかし、この初動捜査での警察官の判断が、後で話をややこしくさせてしまう。
●9月16日(月)午前2時56分頃
警察に女性から「父に殴られた」と110番通報があり、警察が現場のマンションの部屋に駆け付けた。
すると警察官は、この女性の父親であるヤマハ発動機の社長・日高祥博(ひだか・よしひろ)が左ひじ付近に15センチほどの傷を負っていたことから、一緒に住んでいた娘を緊急逮捕したのだ。
もっとも、娘の罪状認否を、警察は明らかにしていない。
つまり、娘の方は「傷つけた」と認めてないのに、警察は報道関係者に「切りつけた」と発表したわけだ。
そこで、考えてみてほしい。
あなたが、誰かに馬乗りにされて、6発もビンタされたら、それ以上、殴られたいだろうか?
殴られたくない場合、どうするか?
できるなら警察を呼んで、傷つけてくる相手を止めてほしいと望むのではないか?
今回の場合、娘は夕方に110番しただけでなく、深夜3時ころにも110番していることから、父親から殴られたのが夕方だけでなく、警察が帰った後も続いたからこそ、2度目の110番をしたのではないか?
また、警察が来るまで、延々とビンタされ続けるのも嫌だから、傷つけられないように刃物を持って抵抗したのではないか?
もし、そうだとすれば、娘の側に正当防衛が成り立つ可能性は高い。
非力な娘が父親からのビンタに抵抗するために、刃物を持ち出したり、寝込みを襲うしかなかった状況を想像してみると、娘が本気で父の命をなきものにしようとして刺したと判断するのは、違和感がある。
むしろ、それまで反抗できず、ビンタされるだけだった娘が、刃物を持ち出したので、娘にビンタして暴行容疑がかかった父親が、被害者になろうとして娘の刃物に自ら腕を近づけた可能性すらあるのでは?
実際、この父親が負った傷は極めて軽く、同じ日の午後にはスーツ姿でフジテレビのカメラの前で取材に応じている。
娘を思うなら、なぜ逮捕された娘と一緒に警察へ行き、事情聴取を受けなかったのか?
あるいは、フジテレビの取材カメラが来た午後5時前に家を出たとすれば、そこから警察に足を運んだのか?
地元のテレビ静岡は、日高社長にマイクを向けなかったが、フジテレビはマイクを向けた。
これは、テレビ静岡にとって、ヤマハ発動機がお金を出しているスポーツ団体や番組があると、日高社長のスキャンダルを報じることが難しいからかもしれない。
以上の経緯をふまえると、今回の事件から僕ら国民が学ばなければならないことは、以下の3点。
★路上で女性が男性に馬乗りにされてビンタされていたら、警察は両者を事情聴取のために警察署に連行するが、家の中で娘が父親に馬乗りにされてビンタされた場合、父親が地元の有力者であれば、事情聴取もされない。
★警察が一方的に報道関係者に公表する内容は、あくまでも警察による見立てにすぎず、犯罪の事実はその後の捜査や裁判を待たないと明らかでないため、どちらが加害者で、どちらが被害者なのかは、判断できない。
★娘がもし精神障害者として認定されている場合、刑法39条によって免罪される可能性もある。
家族に障害者がいれば、民法上、親族は相互扶助の義務を負っているので、今回の父親は障害者に対するケアをどこまでしてきたかについても、今後、裁判では争点になりうる。
いずれにせよ、娘に馬乗りになって6発もビンタした事実を警察が重く見て、最初の110番通報の際に父親と娘を警察署へ連行し、事情聴取していれば、娘が刃物を持たずに済んだかもしれない。
そう考えると、今回の事件は、警察官の初動捜査のミスが親子間のトラブルを増幅させたともいえる。
最後に、あなたに聞いてみたい。
あなたは、父親に馬乗りにされて6発もビンタされたら、抵抗したいと思いませんか?
抵抗したいと思った時、あなたには具体的に何ができると思いますか?