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今年2026年3月、女優の小川眞由美さんが86歳で亡くなった。
僕の記憶に残っている小川眞由美さんといえば、寺山修司が監督した映画『さらば箱舟』での演技だ。
『さらば箱舟』で小川眞由美さんは、記憶を失っていく妻を演じていた。
その狂気に満ちた演技が圧巻だったので、彼女の存在をしっかり覚えているのだ。
ただし、それは映画の観客としての僕が持った小川眞由美さんの印象でしかない。
女優ではない時間の小川眞由美さん、つまり私生活での小川眞由美さんは、娘に「毒親」と呼ばれる女性だった。
TBS NEWS DIGの今年8月10日付の記事を読んでみよう。
この記事を読む限り、小川眞由美さんは娘から「毒親」として煙たがられていたらしい。
その親が「毒親」であるかどうかを判断できるのは、心理や福祉の専門家ではなく、ましてや精神科医でもなく、その人の子どもだけである。
子どもは、自分の心や体、あるいは進路や仕事、人間関係や自尊心などを守るために、毒親から避難することで生き残ろうとする。
それでも、毒親は子どもが自分から離れていくことを良しとせず、いつまでも自分が支配できるようにする。
親元から自立することを、毒親は決して喜ばないのだ。
だから、毒親は子どもが自立できないように、子どもの自発的な意志を奪おうとする。
子どもの進学先を、子どもの希望も聞き入れずに、親の望む学校に決めて、そこにしか学費を払わなかったり、未成年の子どもがバイトして家を出行く金を作ろうとしても、許可しなかったりする。
子どもが希望する職業を許可するかどうかの権利を「職業許可権」というが、これは親権の一つであるため、親が許可しなければ、子どもは稼ぐことすらできない。
もっとも、日本の親の場合、「親権とは何か」を学んで親としての責任を果たそうとする人の方が少数派だろう。
どんなに偏差値が高い親であろうと、親としての法的責任である親権を知っている親は決して多くはない。
自動車を運転するなら必要な法令などを学んで免許を取るのに、子どもを育てるのに必要な法律上の責任は学ばなくてもいいと考えるのが、日本の親なのだ。
だから、子どもが18歳以上になり、成人しても、子どもを自分の思い通りの人形のようにしがたる毒親が続出することになる。
幼い頃から毒親に手なづけられていると、18歳の年齢になっても、「親から期待されたことを裏切ってはいけない」とか、「親を捨てたら親が可愛そう」という具合に、子どもが自立する自分を責めるようになってしまう。
もっとも、それこそが毒親の仕掛ける「共依存の罠」そのものなのだ。
共依存とは、自分自身の不安や虚無感などを埋め合わせるために、相手の弱みにつけ込んで、自分がいなければ相手が困る依存的な状況を作り出し、相手を支配する欲求のこと。
共依存を仕掛けられると、仕掛けた本人も依存的だが、仕掛けられた相手も依存的になるので、互いに相手が自分を傷つけても、自分が生きていくにはその相手しかいないと勘違いをしながら、お互いの人生をめちゃくちゃにどん底へ導く。
もっとも、この共依存という言葉の意味を知らず、「お互いに依存できる相手が欲しい」なんてことを婚活パーティで言う若者もいる。
言葉を学ぼうとしないと、自分から不幸を招き寄せてしまうのだ。
共依存は、毒親が子どもに刷り込む呪い。
共依存を望む人は、不幸へまっしぐらだ。
毒親は見えない首輪を子どもにはめて、いつまでも「都合の良い子」にしたがるので、それが当たり前に育った人は、愛が何か、わからないまま大人になる。
支配は、愛じゃない。
親なしでも生きていけるように自分を育ててから、誰かを大事にできる余裕が生まれるのだ。
女優の小川眞由美さんのことを、娘・小川雅代さんは、「生前に仲良くすることはできなかった。看取ることもできなかった」と言った。
それでいいと思う。
親と仲良くできなかったことで、自分を責めないでほしい。
看取れなかったことも、悔やむ必要ない。
僕は昨年、母親が亡くなったが、母親がどこの病院にいて、体のどこが悪いのかなどの情報は、一切父親から伝えられることはなかった。
母は、今でいうASD(自閉症スペクトラム症)が疑われる人で、そのことで病院で診察してもらってほしいと頼んでも、父親が「行く必要ない。おかしくなんてない」と診察させるのを拒んだ。
どういう障害なのかをわかりやすく説明されれば、人の話が聞けず、自分の話だけをする障害特性をふまえてコミュニケーションすることもでいただろう。
しかし、そうした発想自体が、工業高校を卒業して就職した父親には思い当たらず、とにかく障害者であることが疑われるのを逃げたがった。
僕の母親は7人兄弟の下から2番目だったが、他の全員が高卒で、彼女だけが中卒だった。中卒だと打ち明けたのは、80代に入ってからだった。
母親の障害特性を認めたがらない父親も、発達にデコボコのある障害を持っていたと、思わざるを得ない。
思い当たるフシが、少なからずある。
●両親の友人が家に遊びに来たことがほぼゼロで、そもそも電話や郵便が来た友人もいない
●たとえ話ができず、「たとえば僕が隣の子だったら」と話しかけると、「おまえは隣の子じゃないじゃん」で話を終わらせようとする
●会社ではフォークリフトなどの免許を複数取るように言われたが、合格しても資格を使う機会はなかった(まじめだが、仕事ができる印象がない)
●60代後半で年金生活者になったが、会社員時代の仲間が家を訪問することはなかった。おそらく会社でも浮いていたのではないか?
●時間があると、駐車場の車の運転席に一人座って、ハーモニカをふいていた。誰かと一緒に何かをするのが苦手なのかもしれない
他にも発達のデコボコを感じるシーンはいくつもあったが、いずれも軽度なので、子どもの頃は見落としがちだったように思う。
自分には、それが親というものという刷り込みがあるので、親のイメージは常に毒親なのだ。
最近人気のマンガ『みいちゃんと山田さん』も、わかりやすい毒親に主人公のみいちゃんが育てられている。
このマンガを引き合いに、YouTube動画では、両親が知的障害なので、障害者は子どもを産んでほしくないという主張をしている人がいた。
その人は乳児院から児童養護施設で育ったそうだが、障害特性があると、子どもを育てることが難しかったり、安心して育てることができないこともあるだろう。
もっとも、問題は、障害者には子育てが難しいという点にあるのではない。
障害者自身が毒親にならないように福祉サービスを上手に利用できていないのではないか、という問いがないことが問題なんだと思う。
僕の両親の場合、病院で障害特性を自覚するようなチャンスを自ら手放してしまうことで、子どもである僕をどう育てればいいのか、相談相手を探すという発想すら持たなかった。
たった一つ救いだったのは、子どもの頃の僕には自由に本を読む習慣があり、両親が子育てに無関心だったからこそ、本を読むチャンスが奪われなかったことだ。
両親から関心を向けられないことで、僕はいろんなことを学べた。
毒親から距離を置くことが正しいってことや、結婚・出産・子育てという人生がすべてではないってことや、雇われて賃金を得るばかりが働くということではないことなど、両親を反面教師とすることで、両親とは違う幸せの基準に気づいて、自尊心を守れたような気がする。
さて、あなたの親は、あなたの自尊心を守ってくれただろうか?
それとも、何をするにも自信がないほど、あなたの親は毒親としてあなたから自尊心を奪ってきただろうか?
あなたが毒親の望む人生から避難できたと思えるなら、なぜそれが可能だったんだろう?
ぜひ、僕のYouTubeチャンネルの生配信チャットやコメントなどで教えてほしい。
