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■「子ども虐待はもうイヤ」と胸を痛めてるなら…

 2018年に結愛ちゃん(5歳)の虐待死が報じられ、今年2019年には心愛さん(10歳)の虐待死が報じられ、子ども虐待に心を痛めながら関心を持ち始めた方もいると思います。

 しかし、テレビや新聞では、20年以上前と変わらない提言を専門家にさせています。
 それは、「児童相談所(以下、児相)・警察などの関係機関の連携強化」と、「児相の権限強化」です。
 この2つは、残念ながら子どもがさんざん虐待された後の措置であって、正確に言えば、虐待を防止する策ではありません。

 また、子育て支援の強化も、児相に寄せられる虐待の相談件数が過去28年間ずっと増え続けてきた事実を思えば、成果があったとはいえず、虐待抑止策としては無理があります。
 親に子どもを虐待させない、あるいは虐待させにくくする防止策としては、上記の3点の方針は、子どもにとって心強いものではありません。


 そもそも、、なぜ育てられる側(被害者)が望む救済の仕組みに関心を持とうとせず、育てる側(加害者)の負担軽減が優先的に論じられるのでしょうか?
 それは、日本には「子どもの人権を守る文化」自体が歴史的にないからです。

 そのため、被害者自身のニーズに対する無関心は今日にいたるまで続いているばかりか、大人の多くは金のある側を支持しています。

 政治家は、有権者である親から支持を得たい。
 新聞は、購読料を払ってくれる親から支持を得たい。
 テレビは、スポンサー企業の商品を買える親から支持を得たい。
 企業は、消費者になってくれる親からの支持を得たい。
 学校は、入学金を払う保護者である親からの支持を得たい。

 当然、児童福祉の専門家も、子ども視点で虐待防止を発想する試みに関心を持ちませんでした。
 専門家にとっても、被虐待児の痛みは他人事だったのです。

 その結果、この28年間、虐待防止策を作ることに参加してきた専門家たちは、ただの一度も相談件数を減らすことができず、防止策の更新に失敗し続けてきました。
1990年では約1000件だった虐待相談は、28年後には130倍に! 予算が追いつかない!

 このまま専門家の言うとおりに虐待防止策を論じていても、子ども虐待を減らすことは期待できないでしょうし、被虐待児や虐待サバイバーは決して満足しないでしょう。

 たとえ、被虐待児の一時保護が今より劇的に容易になっても、保護施設やその先の養護施設、里親の数は、増えるばかりの被虐待児の身受け先としては数が足りていません。

 児相を増やせば、相談窓口が増え、当然ながら保護人数も増えます。

 政府は昨年(2018年)1218日、児童福祉司ら児相の職員を2022年度までの4年間で約2890人増員すると決定しました。

 虐待の相談に対応する職員を増やせば、虐待相談の件数も新たに増えるので、また予算や人員を増やす必要が出てきます。
 つまり、従来通りに虐待後のケアを虐待防止策だと言い張れば、永遠に予算(人員)と相談件数のいたちごっこが続くだけです。

 一時保護施設や児童養護施設というハコモノを増設したり、職員を大幅に増員できるだけの莫大な予算がつくのを待つ長い長い期間に、定員オーバーで保護できない子どもは家に帰され、虐待死のリスクにおびえ続けることになります。

 増え続ける虐待相談と被虐待児の数に見合うだけの保護施設(定員あり)が作られるまでには何十年間もかかることになり、その間に(無理心中を含む)虐待死だけでなく、精神病、自殺のリスクを、社会の中で一番弱い存在である子どもだけが負うのです。


 被虐待児にとっては、一時保護施設も安心の環境とは言いがたいので、「あそこは刑務所」という子も珍しくありません
 保護施設から児童養護施設に移っても、職員から虐待される子もいれば、大学進学率は一般より半分以下に下落し、施設内のルールも一般家庭よりはるかに厳しいため、施設から脱走する子も珍しくありません。

 今年(2019年)2月25日、児童養護施設で育った人が施設長を切りつけ、殺人未遂の容疑で逮捕されました。
 彼は、「施設に対して恨みがあった」と供述したそうです。

 虐待のトラウマを抱えたまま、18歳で施設の外へ追い出されても、精神的にも経済的にも自立するのはカンタンではないでしょう。
 ユニセフも、日本が21世紀になっても家庭で被虐待児を育てるようにせず、施設に依存した政策をとっていることを疑問視・批判しています

 こうした現実をふまえるなら、「(懲戒権における)体罰禁止の制度化」、「子育て支援の強化」や、安倍総理のいう「児相に弁護士を常駐させる」案も、小手先の改善策にすぎないことにもピンとくるはず。
 親に体罰を禁じれば、虐待は他人の目につかない心理的虐待、経済的虐待、文化的虐待などに形を変えるだけで、結局、虐待は無くならないのです。

 それに、たとえ政府が打ち出す策がすべて適切に実行されても、子どもが自分の親に虐待されている事実を周囲の大人へ相談するのはカンタンではありません。
 たとえば、あなたが父親からレイプされていたら、誰に相談できますか?
 両親に無理やり新興宗教への入信や信心を強いられたら、児相が助けてくれますか?
 バイトした金を親にむしりとられていたら、誰が解決してくれると期待できますか?


 虐待死寸前までさんざん虐待され続けた“後”のケアを「虐待防止策」と言い含めてごまかすのは、もう、やめにしませんか?
 それは、子どもが虐待に耐え切れなくなるのを、遠くから腕組みしてながめて待っている構えです。

 あなたが親に殴られ、蹴られ、食事も与えられない子どもだったら、他人事のように自分が耐え忍ぶことができなくなるのを待ってるだけの大人たちをどう思いますか?

 そもそも親に子どもが虐待されない仕組み、親が子どもを虐待しにくくなる仕組みを作り出すことこそが、子どもの生存権・人権を守ることだと僕は思うのです。

 では、専門家もお手上げの虐待を防止できるのは、誰なのか?
 本当に必要な虐待防止策が具体的にどんなものかを知っているのは、専門家ではなく、親から虐待された痛みに耐えながら必死に生き残ってきた当事者(=サバイバー)です。

 虐待サバイバーは、虐待された経験を自ら話すこともでき、子どもの立場としてどうしてほしかったのを具体的に知っている存在です。

●サバイバー当事者が求める虐待防止策

 子どもの頃に親から虐待されると、うつ病、摂食障害、アルコール依存症などのさまざまな依存症、統合失調症などの精神病を患ったり、自殺に追いつめられる人も少なからずいます。
 彼らに尋ねると、「せめて治療費だけでもなんとかならないか」と悩みをうちあける方が珍しくありません。

 親から一方的に虐待されたのに、そのおかげで精神病になったら自分が治療費を払わなければならないなんて、あまりにも理不尽です。

 そこで、たとえば、医者は病気と虐待の関係を診断書に明記できるので、その診断書を役所の福祉課に提出するだけで治療費の全額が国から返還され、その後の治療費も含めて国が親に請求するという法律を作れば、それだけでも親は子どもを虐待しにくくなります。

 現在の日本の法律では、子どもの頃に虐待されてすっかり人権を侵害され、自尊心を奪われて生きずらくなっても、自分を害した親が年をとれば、介護の義務を負うことになっています。
 これは、親権者がわが子を死ぬまで一方的に奴隷にする制度です。

 親にさんざん虐待されてきたのに、その親を扶養・看護・介護する義務を負わなきゃならないなんて、踏んだり蹴ったりじゃないですか!
 子ども虐待は、「小さな子どもが虐待されている」という問題ではなくて、親が権力者として王様のように子どもを支配する「上下関係」の問題なので、虐待問題にとって子ども側の年齢は関係ないのです。

 たとえ心身に傷をつけられなくても、医療や福祉の世話になることがなくても、何歳で虐待されたことを自覚したとしても、子ども側が親による虐待で自分の人権を不当に侵害されたと感じたら、親権者に対する扶養・看護・介護の義務をいつでも捨てられる権利を法的に保障する。

 そういうカウンター・バランスのとれた制度に変えることも、親に子どもを虐待させない仕組みになるはずです。
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 同様に、未成年の頃にされたすべての虐待行為は、成人後も時効なく刑事事件として立件できるように変えるだけで、親は子どもを虐待しにくくなります。

 性的虐待や身体的虐待だけでなく、心理的虐待や経済的虐待、ネグレクトも処罰対象にし、虐待された事実を証拠づける方法も簡素化し、義務教育の小中学校では子どもの権利としてわかりやすく虐待裁判で勝てる方法を学べるように法律を変える必要があります。

 また、子どもを産むまで何度も通う産婦人科やその周辺の公共施設で「プレママ・プレパパ講座」を開催し、受講を夫婦に義務化したり、『父子手帳』を新たに作って「虐待とは何か」「子どもの人権とは何か」「親権とは何か」のテストを行えば、親の理解度を問うこともできます。

 もっとも、この程度のアイデアすら、政治家も官僚も児童福祉の専門家も研究者も報道関係者も社会に提言できず、それゆえ政治家も産前の講座に予算をつける発想に至らないままでした。
 こうした大人たちの怠慢の結果、親からひどい虐待を日常的に受け続けていても「虐待されている」と自覚できない子どもが大勢います。

 病気で仕方なく不登校になりがちなのに、親に無理やり登校を強いられて精神的に追いつめられたまま、「殴られたことはないし、ごはんも食べさせてくれて進学費も出してくれる親には感謝してる」と言い出す被虐待児も珍しくありません。
 これは、主人に感謝する奴隷の構えです。

 子どもに虐待や人権、親権を教える講座は、未成年の通う保育園・小学校・中学校・高校で、発達年齢に応じて開催することもできるはずです。
(※これと似たような事例では、民間ではCAPセンターが学校に招かれる形で保護者・教職員・子どもの3者に向けて暴力防止プログラムを提供しています)

 さらに言えば、10歳ぐらいからすべての子どもに起業教育を民間の企業やNPOが提供すれば、子どもは雇われなくても自分で収入を作れるようになり、親から虐待された時に児相や親族、シェアハウスなどへ緊急避難する交通費・宿泊費・途中の食費などを自分の商品・サービスによって得られます。
 そうすれば、売春や非合法の手段で金を得る必要はなくなります。

 経済的な自立スキルを教えることは自主避難にとって極めて実践的な方法ですが、子どもの学ぶ権利に関心がない文科省の官僚は、教えたい科目だけを子どもに強いています。

 このままでは、親に虐待される子どもにとってつらすぎるので、耐え切れなくなった子は、自殺するか、家出するかの選択肢の中で長い期間ずっと宙づりにされ、結果的に家出を選ぶ子が増えます。
(※警察の統計では減っているので勘違いする人も多いですが、行方不明届を出さない親も増えているのです。虐待相談の増加は、虐待家庭からの自主避難である家出人の増加と、子どもが家出しても虐待発覚を恐れて通報しない親の存在を示唆しています)

 そこで僕は1999年に『完全家出マニュアル』(メディアワークス)という本を書きましたが、20年後の今日ではnoteに「21世紀版・完全家出マニュアル」を書き始めています。
 親から虐待されている子にとって、家出こそが生き残るための現実的な選択であり、取材不足の新聞記者やTV番組が指摘するような危険はほとんどありません

 以上のような「虐待された後」を生き残る知恵は、従来の児童福祉の発想にはありませんでした。
 子ども虐待防止にとって重要なのは、「虐待後」のケアではなく、あくまでも「そもそも親に子どもが虐待されない仕組み」です。
 その究極の方法とは、父母に独占させている親権の制度を根本的に変えること。



 親権は、親が国からの命令によって、未成年者の子どもを監護・養育し、その財産を管理し、その子どもの代理人として法律行為をする権利や義務のこと。

 一見、良さそうなイメージですが、子どもの人権を歴史的に大事にしてこなかった日本では、子どもにとっては親から一方的かつ独占的に支配される制度にすぎません。
 子どもの人権が法的に保証されていない日本では、子どもは自分の権利として虐待する親を遠ざけることすらできません。

 現行法では、親権者ではない人が被虐待児を保護できても、早めに児相に保護を求めなければ、虐待親から警察へ誘拐罪(未成年略取)を訴えられ、逮捕されかねません。
 運よく虐待した親から親権を奪うことができても、子どもは養護施設か里親のどちらかしか選べません。

 里親になれる条件はかなり厳しいため、親子のマッチングが難しく、虐待されたことで心に重いストレスを抱えた子どもを育てる里親も、親権者としては2名しかいないため、子育てストレスは大きく、里親から虐待された子どもも少なからずいるのです。
 かといって、養護施設での暮らしもストレスフル。

●親権フリー&シェアの時代へ!

 そこで僕は、誰もが親権者になれる制度(親権フリー)や、子ども自身が3人以上の親権者を選べる制度(親権シェア)を提案し、そろそろ議論を始めたいと考えています。

 子どもが自分を害する親権者を排除し、自分に必要な親権者を家の外にいくらでも安心して指名・選択できる制度こそ、子どもの権利行使を保証するものではないですか?
(※10歳未満は弁護士が後見人としてつき、子どもの権利を代行できるようにすればOK)

 生み育ての親が虐待をする家で育つのは危険ですし、親権の単独・共同を争う両親の醜い姿を子どもは見たくないです。

 それなら、子どもが信頼を寄せる相手、たとえば独身の担任教師や、親友の家族、塾の先生、少年サッカーチームのコーチなど、子どもが自分の身近にいる大人が誰でも親権者になれて、彼らの元へいつでも身を寄せられる権利を法的に保証してほしいです。

 子どもが親権者を自由に選べる権利を持てば、親権者は子どもから信頼されるための努力を要求されます。

 親権者自身が子どもから排除されないよう、親権者の務めを果たそうと考えてくれる法制度(親権フリー&シェア)に改革すれば、子どもを虐待したくてもできなくなります。


 なぜなら、不当な理由で暴力をふるったり、親の欲目で子どもの希望する進路を捻じ曲げる親なら、子どもの望むべつの親権者の家に避難して暮らす自由と権利を、子どもに与えられるからです。
(※定員のある児相の一時保護施設に入るのを待つ必要もなくなるし、やはり定員のある養護施設の増設予算の成立を待つ必要もなくなります)

 また、3人以上の親権者がいれば、親権者の中で誰かが虐待しようとしても、他の親権者がその虐待行為を食い止めたり、児相への通告を速やかにできます。
 くりかえしますが、現行法では、親権が父母に独占されているため、被虐待児をその家から救い出して保護しても、児童相談所に預ける前に親権者が警察に訴え出たら、救ったヒーローが未成年略取(誘拐罪)で逮捕されるリスクを負うことになります。

 児相の職員も、虐待の疑われる家庭に立ち入ることさえ容易にはできず、親元に帰した被虐待児が虐待死で殺されるケースが報じられてきました。
 もし、子どもが自分の権利として親権者を父母以外に増やせるなら(=同時に自分を害する親を排除できる権利を持てるなら)、子どものいる場所に父母以外の親権者が立ち入れるので、虐待されていないかどうかを日常的に見守れます。

 この親権フリー&シェアの制度改革が実現すれば、親権者の責任を分担できるため、親権者の心理的かつ経済的な負担を減らすこともでき、それ自体も
親権者から虐待の動機を減らすことにつながります。

 たとえば、1人の子どもを大学卒業まで育てるのに約3000万円もかかるので、両親がそろっていても、1人の親権者あたり1500万円を22年間で負担しなければいけません。
 子どもが3人目の親権者を指名すれば、各親権者の経済的な負担は3分の1(各自1000万円)、4人いれば4分の1(750万円)に。


 子育てコストが軽くなるため、進学希望の子どもにとっては親権者に経済的な負担をかける申し訳なさも軽減できますし、同時に親権者自身もどんどん子どもを産みやすくなります。
 親権者は、個人だけでなく、NPOや企業、塾、学校などの法人でもなれるようにすれば、法人として多くのスタッフや資金を子育てに投入することも容易になります。

 「近所のあの子の親権者になりたいけど、うちはお金に余裕はないし…」と考える市民も、町内会やお寺の檀家などの法人単位で親権者になれれば、それこそが「子どもは社会みんなで責任をもって育てる」(=産み育ての父母だけに責任を負わせない)社会の実現ではないですか!

 このように親権者を子ども自身が今よりもっと気軽に増やせる制度に変えれば、少子化対策にもなるし、結婚促進策としても極めて有効でしょう。

 そのためには、未成年の権利こそ聖域として守り、家裁の裁定を待たなくても自由に親を選べる制度に変えてもいいはずです。
(※子どもが弁護士を雇う費用は全額、国の負担にすれば、子どもが裁判のためにお金や勉強時間を奪われることもなくなります)


 親権を父母2人だけに独占させている制度を変えるだけで、子どもを虐待する父母の親権の一時停止やはく奪を家裁に申し立てる必要性も薄まり、第3、第4の親権者が申し立てれば、虐待する親の親権の一時停止やはく奪を速やかに裁定できるようにもなります。

 それこそが、虐待の早期発見と解決の理想的な姿ではないでしょうか?

 現行制度では、親は一方的にわが子を里子に出せるのに、子どもは親を選べません。
 こんなカウンターバランスを欠いた関係では、子どもは理不尽な扱いに忍耐だけを強いられ続け、親権者に子どもから信頼されるように努める動機も生まれないまま。

 だからこそ、虐待防止を有効にするには親権制度の根本的な改革が必要不可欠となり、有権者のあなたが共感者を増やし、政治家を動かすことが、解決の突破口になるのです。


 児童福祉に十分な予算を政治家が分捕れないなら、少ない予算でも虐待を解決できる制度へ変革し、いまこの時も虐待に苦しめられている子どもを一刻も早く救えるように決断するのが、国民の命を守る政治家の仕事ではないですか?

 そして、そのように政治家に現実の重みを気づかせるのが、子どもにはない参政権を持っている主権者の国民=大人のあなたの役割なのです。




●大阪の政治家に、虐待サバイバーの声を届けよう!

 児相に寄せられる虐待相談の件数が47都道府県で一番多いのが、大阪です。
 その大阪の政治家が、虐待防止の結果を出せなかった従来の防止策を懲りずに議会に提出するようでは、この国の虐待死で亡くなった子どもたちも、精神病や自殺に追いつめられた多くの虐待サバイバーも、浮かばれません。

 逆に、大阪の政治家が虐待後のケアという従来の発想ではなく、そもそも親が子どもを虐待できない(+虐待しにくい)仕組みを法律にしてくれるなら、日本全国の子どもたちにとって生き残っていける希望になります。

 今年(2019年)は、大阪では府議・大阪市議の同日選挙(4月7日)に、府知事選・大阪市長選も加わるとみられています。
 それなら選挙の争点の一つに、「どんな防止策で子ども虐待をなくすの?」を加えてほしい!

 これは、親から虐待されても必死に生き残ってきた「虐待サバイバー」100人が書いた本『日本一醜い親への手紙 そんな親なら捨てちゃえば?』(dZERO刊)を大阪の政治家全員に読んでもらい、以下の3点を専用サイトで発表してもらおうというもの。

① 『日本一醜い親への手紙 そんな親なら捨てちゃえば?』読後感想文
② あなたが今後の議会にはかる子ども虐待防止策の詳細
③ あなたが被虐待児だったら、自分の虐待防止策に何%満足できますか?
 (※100%でない場合、不満な点を具体的に書いてください)


 虐待サバイバーは、「虐待する親をどうしてほしかったのか?」「何をされたくなかったのか?」について、専門家よりはるかに具体的に知っている存在です。

 他方、政治家の多くは、児童福祉の現状について知らないばかりか、虐待サバイバーが親にどれほど深く傷つけられてきたのか、その痛みの大きさも知りません。

 だからこそ政治家には、虐待サバイバー100人が書いた本を読ませ、被害者の痛みを自分事として感じられるチャンスを提供したいのです。
 それによって、政治家が(親権制度の改革を含む)従来にない画期的な虐待防止策を議論し始めるきっかけにしたいのです。

 大阪は、人情の町。
 全国に先駆けて、子ども虐待防止アクションに取り組んでいる土地でもあります。

 2017年2月には大阪府警が児童虐待に特化した専門部署「児童虐待対策室」を全国で初めて新設したり、同年4月には大阪市が全国で初めて男性カップルを養育里親に認定したり、2018年春からNHK大阪が年間を通じて子ども虐待を考えるコーナーをレギュラー番組に組み込むなど、「ワースト2」の東京都を大いに刺激する虐待防止アクションを始めています。

 あとは、政治家自身が従来にない虐待防止策を議会に提出できるかどうか?
 それが、この国の今後の子ども虐待の増減を左右する大きな争点なのです。

 この「虐待サバイバーの手紙読んでや!」プロジェクトには、大阪在住者はもちろん、大阪以外に住んでいる方も参加できます。
 連絡先を公開している政治家に、主権者であるあなたがこのプロジェクトと本の存在を知らせる超カンタンなアクションです。

 メールする際は、Yahoo!やhotmail、gmailなどの匿名アカウントを捨てアカとして新たに作って送るのもOKですし、政治家に送る文章も「プロジェクト参加」(市民向け)にある文章をコピーして使えます。

 すでに『日本一醜い親への手紙 そんな親なら捨てちゃえば?』(dZERO刊)を読まれた方なら、古本でもいいので1冊、この手紙を添えて政治家に送ってみませんか?

●「虐待サバイバーの手紙読んでや!」プロジェクト 公式サイト
 https://stop-childabuse-osaka.blogspot.com/
「虐待サバイバーの手紙読んでや!」プロジェクト facebookページ
 https://www.facebook.com/tegami.yondeya/
「虐待サバイバーの手紙読んでや!」プロジェクト twitterアカウント
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