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NHKの朝の連続テレビ小説『ブラッサム』が始まった。
小説家・編集者・着物デザイナー・実業家など、いくつもの職歴を持ち、また多くの恋愛経験でも有名な宇野千代さんの一生を描き出すようだ。
宇野千代さんについて知らない若い人も多いと思うので、かいつまんで説明しておこう。
宇野千代さんは1897年(明治30年)に、山口県で生まれた。本家は酒を造る会社をやっていたが、千代の父親は競馬でギャンブルのダメ男。
しかも、ロリコンだったので、あとで小説に書かれることになる。
一方、当の千代自身は学業成績が優秀だった。なのに、結婚させられたので、2週間も経たずに実家へ戻る始末だった。
しかも、1913年、千代さんが16歳になる年にダメ男の父親が死んでくれたので、文学に目覚め、文芸雑誌に投稿を始める。
その後、戦争を生き抜いて上京し、やがて人気作家になり、さまざまな恋愛を経て、1996年に98歳で亡くなった。
千代さんは、明治・大正・昭和・平成と、日本が目まぐるしく変わる激動の時代を生きたといえるが、あえて1行で彼女の生涯をまとめろと言われれば、「家父長制の文化に振り回されながら、家父長制としなやかに戦って、人生を楽しもうとした」人だったといえるだろう。
既に『ブラッサム』の予告編や本編を見た人は、まだ10代前半の娘が、おっかない父親の命令で雨の中、裸足で買い物に走らされるシーンや、父親の命じた縁談に乗って最初の結婚をしてしまうシーンなど、現代よりはるかに女性にとって厳しい時代のドラマだと気づいたはずだ。
このドラマで描かないとウソになる背景の一つは、明治から終戦まで、日本では家父長制が法律の中に位置づけられていたことだ。
そこで、家父長制とは何かについて知らないでいると、このドラマも理解できない昔ばなしになってしまう。
それに、現代日本を生きる女性や男性の生きづらさの根っこにあるものこそ、家父長制というものなので、しっかり理解しておいてほしい。
家父長制とは、家の財産を管理する祖父、財産を運用する父親、相続する長男の人権だけを守り、それ以外の人間を下に見る制度。
次男や三男は、遅れて生まれてきただけで長男より軽んじられ、妻・母・嫁・姉・妹といった女性たちは人権が大事されない。
むしろ、女性と子どもは一方的に祖父・父親・長男に従うことしか許されない存在だった。
当時は3世代が同居するのがふつうの家族だったので、祖父が一番偉く、その祖父の長男である父親が実質的に家の人間関係を仕切り、長男が後を継ぐといったルールだ。
そして、家の中で一番偉い存在を「戸主」と呼び、戸主の権利としてさまざまな横暴が許されていた。
★家族の結婚・養子縁組に関する同意権
→戸主が同意しなければ、結婚できない
★家族の居所指定権
→戸主だけが他の家族を家から追い出す権利を持っていた(子どもの人身売買もOK)
★家族から除外する権利
→戸主に従わない家族を勘当できた
★家族の入籍を拒否する権利
→娘が嫁に行くのを止めることができた
そんなことが明治時代には民法という法律の条文にハッキリと書かれていたのだ。
明治民法が作られた当時は、国民の8割程度は百姓だった。地主から貸してもらった土地で農作物を作って売る農業奴隷だったのだ。
家族がバラバラの考えでいると、農作業に従事する労働者の数が不安定になるため、収穫できる農作物が少ないままになってしまう。
家族の統制が取れないことは、収穫量を自然に左右される農家にとって暮らしていけないリスクを負うことになるのだ。
そこで、父親に家族全員が従い、長男だけに家の財産を相続させることで、支配力を一本化し、家族みんなで農作業に従事するのが幸せなんだと信じ込ませた。
明治時代にはカネのある男しか選挙権がなかったので、女性には女性自身の人権を政治の場で勝ち取るチャンスが無かったのだ。
第2次世界大戦後、日本ではようやく婦人参政権が認められ、女性の社会進出も進んできた。
女性として生まれてきただけで明治の頃からさげすまれてきても、決してガマンしなかった宇野千代さんにとって、戦後はまるで天国のように感じられたかもしれない。
ただし、家父長制は戦後の法律では廃止されたのに、子どもを支配する民法としては残っており、制度が法律の文面になくなっても習慣や考えの中にこびりついている。
これは、80年前の終戦当時の学者たちに、「女性や子どもにも人権がある」という発想が無かったからだろう。
だから、家父長制という言葉に敏感なのは、男性より女性の方かもしれない。
しかし、家父長制の恐ろしさにピンとこない男性は、時代が大きく変わったことに気づけない。
戦前までは、家父長制があったから、男は男であるだけで女性から結婚や恋愛の対象者として期待された。
(もちろん、家の財産を相続する長男であればベターだが、次男であっても女性はガマンしながら結婚までこぎつけた)
しかし、家父長制が民法から削除された戦後では、男が男であるだけで恋愛や結婚の対象者として期待されることはどんどん減っていった。
つまり、戦後の男は、女性にとって価値ある男に成長し、愛される努力をしないと見向きもされないような存在になったのだ。
1986年(昭和61年)の男女雇用機会均等法の改正によって、正社員として働く女性がスタンダードになると、男は「俺が食わせてやるから仕事をやめて嫁になれ!」と主張することはできなくなったし、そんな主張をすれば、専業主婦の生き方しかさせない支配的な男として見られるようになった。
このように、女性が精神的にも経済的にも家族から自立できる時代状況になっていった歴史を思うと、明治から平成まで約100年を生きた宇野千代さんの生涯を描くドラマが、女性の生きにくさをあばき出すものであるとわかるだろう。
もはや、家族単位で稼ぎや人権を考える時代ではなく、日本国憲法の第13条にあるように「すべて国民は、個人として尊重される」ことが当たり前になったのだ。
さて、そこでみなさんに質問したい。
未成年の子どもが、親から支配的に育てられている現状の法律の下で、実質的に心理的な自立をしていくには、何が必要だろうか?
心理的に自立するとは、親がいなくても生きていけるという自信を身に着けることだし、親の意見やまなざしに左右されずに自分のやりたいことができるってことだ。
あなたは、親を自分の内面で裏切るために何を試みただろうか?
あるいは、今も親を裏切ってはいけないという気持ちに縛られているのだろうか?
あなたが心理的に自立するために何をしたのかを、教えてほしい。
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