(※このテキストの動画版は、コチラ)
世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に対して、東京地裁は3月25日、解散命令を下した。
解散命令とは、宗教法人格をはく奪するもので、このままだと税制上の優遇を受けられなくなる。
そこで、家庭連合(旧統一教会側)は、即時抗告をするとコメントした。
つまり、高等裁判所でも解散の撤回を求めて戦うようだ。
おそらく高裁でも解散命令が出るだろうから、そこでも即時抗告をして最高裁判所まで戦うことになる。
こうした時間稼ぎが何を意味するのか?
長年、カルトの取材を続けてきた鈴木エイトさんは、こう指摘した。
「教団が今後、清算対象になる不動産を処分してしまわないか。財産を関連団体、海外に動かさないか。そういう点はチェックしていかないといけない」(東スポ)
韓国の本部に資金が移されてしまったら、多額の献金をした信者たちが、賠償されないまま泣き寝入りするしかなくなるのだ。
おそらく既に家庭連合の資金の多くは、本部のある韓国に移されてしまったおそれがある。
それが事実なら、賠償をあきらめるしかないだろう。
残念だが、現実的にお金による救済は断念せざるを得ない。
では、大金をむしり取られた信者にとって、他に希望はないのか?
今回の解散命令の判決の意味について、多田文明さんというジャーナリストは、Yahoo!エキスパートの記事で次のように解説している。
「解散命令の決定がなされました。この決定にはもう一つの意味があります。それは『信教の自由が守られた』という側面です。
なぜ甚大な被害が生まれる結果になったのかといえば、それは勧誘を受けた人たちの『信じない自由(権利)を奪う』という、旧統一教会の悪質な布教方法があったからです。
1世信者の多くは『教団名を事前に知らされて、教義を学ぶ』という形で信者になったのではなく、宗教であることを知らされず、だまし打ちされる勧誘手法で信者になりました。
信者らは、教義を信じてお金集めの活動をしたわけですが、それは被害をもたらした結果であって、その先にある『どのようにして信者にさせられたのか』をしっかり見る必要があります。
旧統一教会の教えや、霊界の存在や先祖の因縁などの恐怖心を植え付けられているために、信者になるという道しか選べないようになっており、信者の道へと進んでいきます。
さも、自分で選んで教義を聞いて、信者になったと思わせる手法は、極めて悪質だと思っています。信教の自由には『信じる自由』だけではなく、『信じない自由』もあるはずです。
つまり、教団の布教方法には『信じない自由(権利)』が存在しません。これは重大な信教の自由の侵害だといえます。
旧統一教会の場合でいえば、信仰を持った親のもとで育った子供たちは、恋愛禁止を幼い頃から教えられて、無理やりに礼拝にひっぱっていかれたり、お小遣いを取り上げられて、献金されてしまうなど信仰の強制などを受けています。
特に旧統一教会の合同結婚式で結ばれた親から生まれた『祝福2世』と呼ばれる子供たちは、信者として生きていくのが当然のように育てられます。
しかし宗教2世のなかには、生まれてから一度も信仰をもったこともない人たちもおり、ここには『信じない自由(権利)』がありません。それゆえに、苦しむ子供たちがいます。
今回、裁判所は『不法行為に該当する献金勧誘などの行為の態様は総じて悪質だ』との判断を通じて『解散命令は必要かつやむを得ない。旧統一教会を解散する』との決定をしました。
これは今後、宗教2世の『信じない自由(権利)』にも大きく道をひらくものだと思っています」
では、家庭連合の解散命令を受けて、宗教団体の信者の親をもつ2世らの団体は、記者会見で何を話したのか?
朝日新聞の記事によると、2世が親から宗教活動を強制されたり、生活や進路が制限されたりするような実態があると主張。
宗教団体や関係者による思想や生活などの制限を明確に禁じるための法整備や、2世の相談窓口の設置が必要だと訴えたそうだ。
だが、宗教団体に対する法規制を進めるには、いくつものハードルがある。
まず、現在、与党である公明党は、創価学会が支持母体だ。
企業団体献金の禁止をかたくなに拒んでいる自民党も、宗教団体から献金を受けている。
宗教団体は、大金を政党に与えるだけではなく、信者をまるごと投票に利用するどころか、選挙活動にも動員することは、統一教会と縁を切れない自民党議員の姿を見れば、明らかだ。
つまり、宗教団体は、選挙資金をたくさん集めたい自民・公明にとって利用価値の高い団体であるため、宗教団体の活動を制限するような法整備を進めることは難しい。
信心深い信者ほど、組織の上層部に言われれば、献金でも違法行為でも何でもしてしまうが、そのように心の弱い人たちを集めているのが、そもそも宗教団体なのだ。
しかし、宗教2世の問題が浮上すると、宗教団体はビビってしまう。
宗教団体は、親が自分の子どもを幼い頃から団体活動に連れて行き、「信じない自由(権利)」を奪いながら「2世信者」を育てることで、団体を存続させてきたからだ。
しかも、そのように「信じない自由(権利)」を奪うような育て方は、宗教団体に限ったことではない。
自分を傷つける親から避難した家出少女にとって、親は信じられない。
学校でいじめられた少年にとって、学校は信じられない。
実は、日本では、家族も学校も、親や教師を信じない権利(自由)を許していないのだ。
「親なんだから親に従え」とか、「学校に行くなら先生に従え」と教えられて、僕らは育ってきた。
親や教師を信じない自由(権利)を大切にされてこなかった歴史があまりにも長かった。
もちろん、最近では子どもの不登校を認める親も増えたが、親が子どもの命を奪ったとか、幼い子が親にレイプされたなどの痛ましいニュースが相次いでも、「子育てをする親を支援して虐待防止を!」という意見をうのみにする人が多い。
「親は間違えない」とか、「先生は悪いことをしない」というのは、妄信的な見立てであり、宗教の教義のようなものだ。
それでも、親や教師が大人であり、有権者である以上、政治家は選挙権のない子どもを守るより、有権者である親や教師を味方にしたがる。
それは、家庭連合や創価学会などと同じ構えだ。
だから、宗教2世が「宗教団体や関係者による思想や生活などの制限を明確に禁じるための法整備」を求めても、与党の政治家は見向きもしない。
宗教団体に苦しんだ子どもだけではなく、親や教師などの大人から苦しめられた子どもやサバイバーと連帯し、親が子どもを奴隷として支配できる親権制度を見直すよう、支持者を広げていくしか、法改正の見込みは立たないのだ。
アメリカでゲイを公表して市議会議員になったハーヴェイ・ミルクは、同性愛者だけの利益を求めたのではなく、障害者や移民、フェミストなど、さまざまなマイノリティの市民と連帯することの重要性を説いていた。
ただ同性愛者だけの利益のために戦っていたのでは、いつまでも当選できなかったはずだ。
「信じない自由(権利)」を分かち合えるなら、宗教2世の方々は、不登校経験者や虐待サバイバーなどと広く連帯し合えるはずだ。
なぜ連帯できないのか、連帯できればどの法律をどのように具体的に変えられるのかについて、もっと議論が必要になる。
僕らを苦しめるだけの法律は、僕ら有権者の大人がいくらでも変えられるのに、なぜ政治家に具体的な要求をつきつけず、選挙の時だけ投票に行くのか?
そこで、あなたに尋ねたい。
あなたは、政治家に対してどんなアクションをとっただろうか?
SNSで具体的な法律改正案を伝えたか?
議員事務所に足を運んで、質問したことは?
あるいは、YouTubeに議員を招いたことは?
これから議員とやってみたい何かがあるなら、そのアイデアでもいいので、下記の動画にコメントしてみてほしい。
(※スマホで生配信を見る方は、動画をクリックし、上部に表示される動画タイトルをクリックすると、右側の下の方に概要欄が現れます)
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